呪い
フリッツとスイは街の中心部へと続く道をゆっくりと歩いていた。
街は中心部に居住区や商業区が多く建っており、中心から離れていくほど建物は少なくなり、農地などが見られるところもある。
今、彼らが歩いているところは、外壁から少し離れたぐらいの場所なので街の中心部にはまだまだ時間がかかる。
街と言っても実際はかなり広いものなのだ。
フリッツの右手は草原、左手にも草原とのどかな風景が広がっている。
さわやかな風が吹き抜けるたび、スイの銀髪が風に揺られ沈みかけている太陽の光を反射しキラキラと光っているようだ。
「今日はこのあたりで野宿することにするか」
陽は既に三分の一ほどが沈みかけている。
そろそろ暗くなっていくのでテントなどの準備に取り掛かりたかった。
それに、昼に何も食べていなかったのでフリッツは大変おなかがすいていた。
「そうですね。私もそろそろ休憩をしたいと思っていたところです」
スイは人型の精霊だ。
普通は実体化をせずに自分の主についていき、主の命令があれば実体化しその命令に従うのが精霊と契約する際の基本となることだ。
だが、スイはせっかく人型なんですからという理由で、フリッツが歩いて移動するときはスイも歩くようにしている。
フリッツも一人で歩くよりスイと話しながら歩いたほうが楽しいので何も気にしていない。
「じゃあ、あのあたりにテントを建てるか。手伝ってくれ、スイ」
フリッツは道から少し外れている大木の方を指さし、スイの方を振り返って言う。
「わかりました」
スイも笑顔で答えるのであった。
辺りはすっかり暗くなった。
陽が落ちてからずいぶんと経っており、夜空には星々が輝いている。
「ガアアアアアァァァアァ」
その暗闇の中で獣の咆哮かと思われるような叫び声が響いていた。
それは獣の咆哮などではなく、痛みに耐えるフリッツの叫び。
焼けつくような痛みがフリッツを襲っていた。
「ああああああああアアアアアァァァ…………ハア、ハア、ハァ」
フリッツの上半身には左胸を中心に黒い痣が広がっている。
その痣は時折赤く光り、光るたびにフリッツの咆哮が夜の闇に響く。
しかし、スイは苦しむフリッツの横で彼の手を握ることしかできない。
この痣のことをフリッツは呪いと呼んでいる。
三日に一日のペースで真夜中から一時間ほどずっと痛みに苦しみつ続けるのだ。
この原因の一端は自分であるので、この苦しみを半分背負ってやれないのは本当に歯がゆく思う。
なので、呪いが起こる日は一晩中ずっと彼の手を握っている。
それが彼女の唯一の彼への償い。
そして、今日もまた彼の叫びが暗闇に響き渡る。
夢を見た。
あの時の夢だ。
呪いの痛みが襲ってくる夜には必ず見る。
もう、何回見たのかも覚えていない。
グゾルの攻撃により木に打ちつけられている。
長い間戦っていたので足に力が入らず、頭も回らなくなってきていた。
自分の周りにグゾルの群れが近寄ってくるのが気配で分かった。
しかし、グゾルたちは襲ってこない。
不思議に思い自分は顔を上げている。
すると、そこには二メートルほどの人型のグゾルが立っていた。
視界がだんだんぼやけてくる。
ああ、今日はここまでか。
何回も見ているのでどこで夢が途切れるのかもわかるようになってきていた。
そして、また旅の続きが始まる。
空は晴れ渡っており今日もいい天気である。
その大空の下、フリッツとスイは街の中心を目指して歩いていた。
「主人、中心部に入ったらどうしますか」
「そうだな……そろそろ本当に財布が空になりそうだからギルドでも行くか」
昨日は呪いのことがあったために御者の女性に嘘をついたが、実はお金がないという点ではあながちウソでもなかった。
旅をするのにはやはりそれなりのお金が必要であり、しばらくギルドの依頼をしていなかったフリッツたちは現在軽い経済危機に陥っていた。
「はあ、仕事ですか。また変な輩に絡まれなければいいんですけど」
「スイは人型の精霊でそのうえ美人だからなあ。そりゃあ絡まれるでしょ」
憂鬱そうにつぶやくスイをフリッツが笑って慰める。
「他人事だと思って……本当に大変なんですからね」
「分かってるって。俺も止めといたほうがいいよって言ってるのにああいうやつらって聞きやしないからさ」
「そんな言い方じゃあ聞くわけないじゃないですか。もっと、ほら、俺の女に手ぇ出すんじゃねー、みたいに殴り飛ばしてくれませんか」
「そんなこと言わなくてもスイは殴り飛ばすだろ」
「うう…」
断定口調に何も言い返せないスイ。
実際に他の街のギルドで絡まれた時、初めは無視していたが最後には「主人、黙って見ていてくださいね」という言葉だけ残してボコボコにしたことがあった。
「主人は私のことが心配じゃないんですか」
スイは少し怒り気味にそっぽを向きながら言う。
「スイなら大丈夫だって信頼してるしな。それに、本当に危ないときなら俺も戦うぞ、………まあ、ないと思うけど」
最後の言葉はボソッとつぶやき、スイには聞こえていない。
「本当ですか?」
「本当だって。だからそんなに怒るなよ」
そう言いながらスイの頭の上に手を置きなだめるフリッツ。
スイも納得したようで、にこにこしながら再び前を向いた。
もうすぐそこには街の中心部が見えていた。