第9話:脱出
森は奥へ進むほどに、入り口との様相を転じていった。
薄暗い木々の間からは常に魔獣の吐息が聞こえ、少しでも隙を見せれば襲い掛かってくる。
「たくっ!これで何度目だよっ!!」
威が喚いている横で、理は一刀両断で魔獣を切り伏せた。
「15回目、だな。これじゃあ、いつまで経っても前に進めない」
理は返す刀でもう一匹薙ぎ払う。次々と倒される仲間に、獣たちも形勢の不利を悟ると、咆哮をあげて森の奥の闇の中へと帰っていく。
やっと獣を追い払った彼らは獣の血のついた剣を一払いしてから鞘に収めた。
空を見上げると陽はだいぶ傾きかけている。昼間でこれだけ活発だというのなら、闇の支配がこれ以上増す前にできる限り獣たちの居住区から抜け出しておきたい。
威は全身にあびた獣の血の臭いに辟易としながら、となりで涼しい顔をしている義兄を見つめた。
理は威とは異なり、最初に負った後ろから受けた矢傷以外これといって外傷がない。返り血も浴びていない。こういうところが人間離れしているのだとつくづく感心してしまう。
「お二人ともご無事でしたか」
二人と同じく獣に襲われていたのだろう、あちこちに傷を作ったリデルがひょっこりと顔を出した。
「ああ」
「大丈夫、大丈夫」
一緒に戦っているせいかだいぶ気心の知れてきたリデルに二人は笑顔で返した。
リデルも二人に笑顔で返すと、自分とは違い怪我一つ負っていない二人に目を見張った。
「威さまのそれは返り血だけですよね・・・理様は返り血すら浴びてない。お二方ともすごいですね」
最初に剣を使えますかなんて、馬鹿なことを訊いたと思う。彼らは自分よりもずっと武道に優れている。理に至っては喧嘩慣れもしているので狙う場所も的確だ。
「やっぱり、こいつ人間じゃないらろ・・・ひふぁい」
リデルの言葉に我が意を得たりとばかりに威は義兄を指差す。
しかし、いつのまにか背後に回った理が彼の頬を両側に引くことにより言葉が崩れる。
「お兄ちゃんに向かって暴言を吐くのはどの口かな?」
「ひふぁい、ふぁふぉる、やめれぇぇ(痛い、理、やめてぇ)」
ぐにぃっと摘む義兄に威はリデルに助けを求めるが、彼は巻き込まれないようににぃっこりと笑って見守るだった。
毎度の事ながら仲良くじゃれ合っていると「楽しそうですね」と上空から越えがかかった。
次いで大きな羽音ともに、逃れていたエアルが現れた。
「大丈夫だった?」
「ご無事ですか?」
わずかの時間で彼女の存在になれた威と傷を多々負いながらも元々の役目である巫女の従者という立場を貫いているリデルが同時に問い掛けた。
「大丈夫です。今回は上に枝もなかったので逃げやすかったです」
彼女は子犬のように聞いてくる二人に笑顔で答えた。
森の最深部で襲われた時は上空に枝があり逃げることがかなわなかったが、出口が近づいてきているからか空を覆う枝は先ほどよりもまばらになっている。
「後どれぐらいで森から抜けられる?」
ただ一人落ち着き払っている理が自分たちの進む方向を確認しながら、彼女に問い掛けた。
「空から確認した感じでは、夜までには森を抜け次の村につけると思います」
先ほどまで彼らの行く手を遮っていた茂みは、あと少ししか存在せず、木々がまばらに生えた普通の森が茂みの向こうに続いている。
どうやらこの先にある村の人間はある程度は、この森に入ってきているようだ。
「森を抜ければ、森の精霊の守護領域に出ます。朝、私たちがいた水の精霊の守護領域とは違い闇の魔獣の被害がさほど出ておりません。それに私が最高神官を勤める風の精霊の守護領域に近いので、いきなり襲われるということはないでしょう」
エアルの心強い言葉に、リデルも強く肯く。
二人の様子に少し表情を和らげた威だったが横にいる義兄の顔が険しいままなのに気づき小首をかしげた。
エアルはその表情に少しだけ目を伏せると、わざと後にまわしていた忠告をしようとした。
「ただ・・・」
「俺が、『闇王』かもしれないってことはやはり知られるとまずいんだろう?」
「はい」
先を見越して問い返す理に、エアルは心苦しそうに肯定する。
高位の神官職に就く者なら『闇王』が『和なる女神』とともに『この世界』をつくりだした神だと理解している。
だが普通の者は『闇』というだけで普通は魔獣を思い出すだろう。その王の存在を認めないとするのは人間としての防衛本能だ。
「リデルさん。フード付の上着、ある?」
その言葉を受けて、リデルは自分の馬の荷物入れをさぐる。出てきたのは自分が纏うには大きすぎる上着だった。フードもきちんとついている。同様にそれより少し小さめの上着も出てきたのでそれももって戻ってきた。
「これでいいですか?」
「ありがとう」
リデルから防塵用のフード付マントを受け取ると、彼は自分の服の上に着用した。かなり大きな上着を渡したつもりだったが体格のしっかりとしている理にはちょうどいいサイズだった。
威も理を倣い、リデルから受け取ったマントを羽織る。こちらのほうはフードのついていない普通の防寒用のマントだった。
「さ、陽がくれない内に森をでよう」
理の言葉をうけて、3人はそれぞれの馬に乗った。
威は器用に馬を繰りながら、小さく息を吐いた。
(山下、月路・・・どうしてる?)
きっと心配しているだろう自分の幼馴染たち。朝学校に行く時間に現れなかった自分たちを、洸野はどう感じただろう・・・きっと、きっと自分たちを探しているはずだ。
(由宇香・・・父さん、母さん)
思い出せば朝、あんな風に妹が問い掛けてきたのは悪い予感でもあったのだろう。
思考が不安に陥りそうになった威の肩を誰かがとんっと叩いた。振り返ると殿を務めていた理が他人にはあまり見せない優しい笑顔で威の肩をつかんでいた。
「絶対に、帰ろう・・・いや絶対に、お前だけでも元の世界に戻す」
理はそれだけ告げるともう一度、最後尾へと戻る。
(絶対に、帰ろう)
一人で帰るのはいやだ。絶対に二人で帰らなければならない。
威は新たな決意を胸にきっちりと前を向いた。
何とか更新ができました。
今使っているノートはいろいろと使い勝手が悪く3回ほど小説の内容が消えてしまい。なくなく打ち直すという状態を繰り返してしまいました。
これで一度、地球世界にシーンが戻ります