第4話:異風
学会に向かうタクシーの中で、良弘はそれに気付いた。
背広の胸ポケットに入れていた携帯を取り出すと『1番』に設定されている妻の携帯に電話を掛ける。
仕事で忙しい彼女には珍しく数回のコールで電話が繋がった。
「実さん、今の、判りましたか?」
内容は詳しくは言わない。だが勘のいい彼女ならわかると思った。
『感じた・・・この世界からあの子たちが奪われるのを』
電話の向こうの妻は悔しそうに、そう呻いた。
「私は発表がすんだらその足で屋敷に戻ります」
学会が終わって戻ったとしても夕方ぐらいになるだろう。
ただ逢魔が時までに間に合えば、まだ何か出来る可能性がある。
『長野、から?』
「本当は、今からでも戻りたいですけど・・・今、戻ったところで何ができるわけでもないので」
自分が必要とされるのは夕方のほんの一瞬だけだろう。
その間、力が出せるのは自分の息子たちの親友・山下洸野だけだ。
まだ能力に目覚めてもいない彼に頼り切らなければいけない自分に歯がゆさを憶えながら、良弘は静かに目を閉じた。
『私はやはり夜じゃないと戻れない・・・その間、頼んでいいですか?良弘さん』
「はい・・・私のできるだけの力をあの子達の為に使いますよ」
自分たち親としての願いは子供達の無事・・・自分たちの遺伝子を持って生まれた威、妹の真帆の息子・理───彼らにとってはどちらも何者にも代え難い可愛い息子たちの無事だけだ。
『それでは、頼みます』
短い言葉で、実は電話を切った。
もしかしたら、自分から電話が来ると感じて会議を中断させていたのかも知れない。
良弘は車の外に流れる景色を見ながら、遠く離れた屋敷へと意識をとばしたのだった。
山下洸野は異常な胸騒ぎを憶えて目を覚ました。
いつもよりも早すぎるぐらいの時間。普段なら二度寝をする所だろう。
しかしこんな状態では眠れるはずもないので、取り敢えず朝の準備を始めた。
同居している兄は朝の自主練があるためにすでに学校に行っている。軽めの朝食を済ませると兄と自分、そして理と威の分までの弁当を作り鞄の中に詰める。
身支度も早く済ませた洸野は、すぐにマンションから飛び出した。
向かう先は、理と威との待ち合わせの場所。まだ時間が早いためか誰も、到着していない。彼は迷う事なく学校とは反対方向、麻樹家の屋敷に向かう道へと進んだ。
すれ違ったりしないように細心の注意を払いながら、彼は小走りで二人の姿を探していた。
────急に、何か、空気が変わった。
「!!!!!!!!!!」
洸野が身構えると同時に黒い突風が駆け抜け、それを追うように緑金の突風が抜けてゆく。
彼は風が消えていった空を見上げながら、「何だ?今の・・・」と呟いた。
風は吹き抜けていったまま帰ってこない。その行方は自分の目には映らない。
それよりも、風が吹きぬけた瞬間、何かが世界から欠けた気がした。大事な何かが奪われた、そんな言いようもない不安が洸野の心を占める。
「ん?」
自分の足元に、先程まではなかった荷物が転がっていた。
持ち上げてみるとその学校指定のバッグには見慣れた名前が書かれていた。
『S・ASAGI』
『T・ASAGI』
それの示すところに気付いて、洸野は唇を噛んだ。
朝からの不安はこれだったのだ。
何かが起こり、自分の元から大切な彼らが奪われたのだ。
「とにかく、行かなきゃ」
洸野は道路に転がっている二人分のバッグも肩に掛けると、今度は脇目も振らずに、屋敷への道を駆け抜けていった。
やっと、地球世界編での序章が終わりです。
マンガでかいた部分の1/4が終わりました。
次回からは異世界で話が進みます。