最終話:旅立
──────地球世界
威は闇の中、再び目を覚ました。
誰もいない自室。見知った家具のあちこちに思い出が刻まれている。
自分は一人で帰ってきてしまった。
理を助けるための手段を求めるためといいながらも、その手立てすら思い浮かばない自分がこの世界に帰る意味はあったのだろうか。
第一、あちらの世界では理のような闇の者に対して嫌悪感を抱いている者もいた。
最初にいた村の住人たちのように彼に謂れのない悪意を向ける可能性だってある。
威は苦しそうに自分の胸を押さえる。思考が巡り続ける所為で再び眠ることもできない。
彼はふと思い立って自分の部屋を出た。そしてそのまま割合と近い位置にある理の自室へ向かう。
「あ・・・・」
理の部屋の前の廊下に人影を見つけた。
並よりも高い身長、がっしりとした立派な体格・・・それに見合う秀麗な顔立ちの人物。
「起きたのですか?」
廊下の前の窓から裏庭の森を眺めていた父親の問いに威はこくんと肯いた。
「理の部屋では洸野くんが寝ています。今日は遠慮してあげてください」
時空を精神だけで飛び越える力を持ちながらも、親友を救えなかったことで彼は自分と同じように傷ついている。
置いてきた自分もそうだが、取り戻そうとしていたこちら側の人達だって傷ついているのだ。
「少し、話してもいい?」
「どうぞ?」
いつも落ち着いている父の姿は、自分をどんな時でも安心させてくれた。
今、自分にかけられている封印が取れかかっているから解かるが、父から届く能力が外界から守るように自分を包み込んでくれるからだろう。
「どうして俺の能力の封印をしたの?」
威の質問に良弘は視線を息子に落とすと静かに笑った。
「理から聞きましたか?」
「うん」
短い答えに彼は「そうですか」と答え、窓の枠に座るような形で威に向き直った。
「そうですね、単純にまずいと思ったからですよ」
威の身体の表面にありありと見える良弘自身がかけた封印を内側から破った痕跡。
もともと威の持つ力は封印の効き難い能力の質だと感じていたが、自分が仕掛けた封印をこんな力任せな技で引きちぎれる程とは思わなかった。
良弘は小さく息を吐くと、封印の経緯について話し始めた。
「威は近くにいる闇の者・光の者に反応してその逆の能力を発揮する能力を持っています。
封印されていても私よりも強大な『闇の能力』を持つ理をこの家に引き取り、一週間経つ頃にはあなたの光の力は5歳児の肉体が押さえられる許容量を超えるまでに達し、髪の毛も金色に、瞳は明るい菫色へと変化しました」
当時、慌てたのは良弘や実ではなく回りの使用人たちだった。
突然、5歳の子供の紙の色や瞳の色が変わったのだから当たり前の事だろう。
逆に良弘はどこかで『ああ、やっぱり』と納得していた。
理を引き取ってからの屋敷の内での様々な力の流動が激しくなっていたのを知っていたからだ。
「このまま放っておいたら非常に危ないと思い、大体18歳までを目処に能力の封印を行ったのです。そのときはこんな事が起こるなんて夢にも思ってませんでしたから・・・」
封印したことを後悔はしない。
そうしなければ違う意味で自分たちは別離や崩壊を迎えていた。
「同時に、洸野くんにも色々な封印を施しました。彼は持っている能力の特殊さゆえに『人でないもの』に常に狙われていましたから、その予防の意味で行いました。
・・・恵吏ちゃんも同様に、あなた方が連れてきてその翌日には能力を封じました」
洸野に封印をしたのは良弘の友人でもあった彼の母親からの依頼があった。
恵吏は幼いままで能力を有し、暴走することを恐れて彼女自ら望んだ。
そして・・・
「理には・・・?」
残る一人の名前を口にした息子に彼は静かに首を横に振る。
「理の能力の封印は私ではありませんよ」
良弘はそれだけ告げると、その答えを告げずに窓枠から腰をあげた。
無言のまま「誰なの?」と聞いてくる威に笑みで返して立ち去ってしまう。こういうところは伯父・甥の間柄なのに変に理に似ていた。
威は暫くその場で考えていたがすぐに考えるのをやめた。
とにかく明日から、またがんばらなければならない。
まず手始めに良弘に自分の能力の封印を解いてもらおう。そのためには眠って体調をベストのコンディションまで回復しておかなくてはいけない。
取り戻すための何かを得るために、彼は拳を固めると自室へと戻っていった。
──────キュスリア
エアルの葬儀は滞りなく行われた。
彼女の遺体を焼いた炎が風に煽られ、大量の火の粉を風に舞い上がらせる。その旅に彼女の魂は有翼人種の父祖の地、風の中へと帰っているように見える。
大方の儀式を終え、彼らは喪服のまま葬儀の後片付けを開始しした。後は遺体が燃えきるまで交代しながら炎を絶やさないようにするだけだ。
「これから、どうなさいますか?」
儀式を取り仕切っていたヴェーネントは恭しく聞いてくる。
「世界樹の元へ、向かおうかと思います」
リデルを抱えて飛んでいる最中に得た情報ではそこには自分の剣と同じように『光の剣』があるのだそうだ。
水晶の剣が扉を固定しておくためのものだったのだから、その剣も何かをするためにそこに置いてあるはずだ。
「そうですか・・・では、これをお持ちください」
差し出されたのは数通の書類と金で作られた手の込んだ装飾具だった。
「これは?」
「我ら風系神殿の身分証明証です。何かと必要になるでしょう」
彼の申し出に、理は感謝の意を示すとそれを体にはめていく。
翼の映えた状態でそうしていると確かに風の一族に見えないこともない。
「ありがとうございます」
すべてを付け終えたところで再度、礼を言うと彼は静かに否定をする。
最高神官がその命を科して守ろうとしたものを補佐である神官が守るのは当たり前だった。
旅支度を終えた理は最後にもう一度だけ、エアルの葬儀を見やるとその護摩壇にも礼をする。
そしてゆっくりと大空へと翼を広げた。
途端に彼を舞い上げる風が理を上空へと導く。
小さくなっていく風系神殿。
彼はそこにもう一度礼をすると自分の目的の場所へと向かって翼をはためかせたのだった。
とりあえず、一端、至空の時は終わります。
地球世界とキュスリア側、行動がばらばらになるために一緒の話として進めるのが難しい所為です。
地球側は威を主体として『夢見の家』という短めの話が何個も入る連載へ。それが終われば理の主体の『この場所から』という短編集が始まります。それが終わったら、やっと理の帰還を含めた至空の時2が始まります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。まだまだ物語りは序盤を終えたところですので、それぞれの話をまた読んでくださると嬉しいです。