第33話:終章〜キュスリア
──────キュスリア
森の木々よりもずぅっと大きな水晶がすべて崩れ去った後、理はゆっくりと地面に降りた。
瓦解した水晶の破片がきらきらと光を反射している。森は静寂を取り戻し、森全体を覆っていた暗いオーラも消えている。
「ご無事でしたか・・・・」
破片が飛んでこないような所までエアルの亡骸を抱えて逃げていたリデルは瓦礫の前に佇む理の姿を見つけ安堵の息を吐いた。
「エアルの羽があったから・・・自分の結界で天井を突き破って出ることができた」
本当は翼などなくても浮かぶことは出来たのかもしれないが、中途半端に能力の封印がはがれている状態では足場を固定することなど難しかっただろう。
「こんなときでも、役職名なんですね」
理の言葉にリデルが悲しそうに呟いた。理はその態度の意味がわからず、不思議そうに彼を見た。
「役職?・・・・」
「彼女の正式名は風の最高神官=セリシア・ウィンディアです」
本当に知らされていなかったらしい理にリデルは真実を述べた。
「そうか、セリシアさんって呼ぶのが正しかったんだな」
役職でしか呼ばせなかったのは彼女の意地だったのか。今となっては解からないけど、何かしてやられた気分になる。
「彼女の、亡骸は・・・?」
理の問いにリデルは彼女の亡骸を置いた場所まで案内をする。
低い丈の草の上に横たえられた死体の周りに輝石で結界が張られている。リデルが彼女の死体を獣から遠ざけるために施したのだろう。
「きちんと埋葬をしないと、な」
理は彼女の亡骸の横に跪くと僅かに着いていた血痕を拭ってやる。
「それには及びません」
二人しか居ないはずの空間に年老いた男の声が響いた。
見上げると羽を持った人間が次々と舞い降りてきた。
「お初にお目にかかります、闇王殿。
私は最高神官であるセリシア様の補佐をしていたヴェーネント。後ろに控えておる者たちは風系神殿の神官です」
豊かな白髪と長い髭を持つ老人はゆっくりと礼をした。
「麻樹理です。はじめまして」
理も彼にお辞儀をすると彼の表情を観察した。どうやら敵意はないようだ。
「我ら有翼人種で埋葬とは罪人に対してすること・・・しかりと人生を全うしたデュファは荼毘に臥され、風に帰すのが筋・・・ご遺体は我らが引き取り、相応に乗っ取った形で葬りたいのです」
挨拶もそこそこに切り出してきた老人に、理は『そういう者なのか?』と隣にいるリデルに目線で問い掛けた。
彼が真顔で肯いているところを見ると、どうやら目の前の老人が言うことは事実のようだ。
「それでは、あなた方にお返しします。相応しい礼式を持って天に返してあげてください」
現役の最高神官だった彼女の遺体を異世界の人間である自分がどうこうしてはいけないと感じた理は、草の上に横たえられた彼女の遺体を静かに抱き上げヴェーネントに従っていた若い神官に託した。
「葬儀に、立ち会ってくださいませんか」
安らかな死に顔を確認した彼らはもう一度理に向き直るとそう願い出た。
理も「俺でよければ」と了解する。
了承を得られた彼らは静かに謝礼を述べると、翼を広げた。白い翼が次々に大空へと舞い上がる。
「リデル、君も、参加するだろう?」
「たぶん、無理です。馬の脚では間に合いませんから」
理の問いに翼を持たないリデルは諦め顔で首を振った。
理は少しだけ考えると、自分よりも15cmは小さいリデルの身体を肩に担ぎ上げ、翼を広げた。ふわりとした浮遊感と共にリデルの身体と共に宙へと浮く。
「うわわわわわわわ」
「暴れると落ちるぞ」
理の言葉に慌てて動くのをやめたその身体をしっかりと抱きかかえて、理は先へ行く神官たちの後を追っていった。
逆に理とリデルの事件後です。
エアルが役職名なのを理はもちろん威も知りません。セリシアさんは案外、いろんな所で『罠』を張っていたようです。主人公側なのに地球側よりも字数が少ないのは主要人物が少ないためと、理があまり話さないせいです。