第3話:狂風
不意に、理と威の回りを包む空気が変わった。
「「!!!!!」」
突如として現れた黒い風が辺り一面に吹き荒れ、二人を捕らえようと手を伸ばす。
世界がぶれるように歪み、いびつに変わる。
「理っ!!」
黒い風の中心にいた理に向かって、威は叫びながら駆け寄る。
「逃げろっ!!威っ!!!」
異質な風に身体を拘束されながら、理も返すように叫ぶ。
その声を封じるように、風は更に強く理の身体を締め付ける。
どこからか、声が聞こえる。今日、見た夢の声が風の向こうからする。
『運命の輪が、回り始める・・・・』
夢の中より明確に『何か』を伝えようとする声と呼応するように、風の力は強まっていく。
『すべての輪は、闇を中心にその宿命を紡いでゆく』
理を完璧に捕らえた淀んだ風は、今度は威へとその触手を伸ばす。
(引き込まれるっ!?)
思った時にはすでに、その身体は風により動きを封じられていた。
『世界は、暗黒と混沌の中、自らの行く末を決める』
ただ訥々と語られる言葉は、威の耳にも届く。
『歪んでしまった、理を正す為に・・・・』
もがく力も奪われ、二人を包む風は異界への扉を開いた。
『すべての、世界が、動き始める・・・・』
最後の言葉と共に、二人の身体は扉の向こうへと連れ去られた。異質な風を非難するように、冷涼たる風が、扉のあった場所を吹き抜けた。
──────何かが、始まろうとしていた。
由宇香は、胸騒ぎを憶えて窓の外を見上げた。
空が泣いている。風が叫んでいる。
『何か』を奪われたと・・・悔しさを訴えかけてくる。
「理お兄ちゃま・・・威お兄ちゃま・・・」
名前を呼んでも、何の返事も返ってこない。
由宇香は胸の前で手を組むと天に向かってただひたすら祈る。
『神様、お願いです。私の声を聞いてください』
無言の声は、叫び狂う風にかき消されそうになりながらも、天を望む。
『お兄ちゃま達を、すべての禍いから護ってください』
ただ一つの願いを胸に、幼い少女はただひたすら窓の外に広がる空を見つめていた。
──────アメリカ・マサチューセッツ州
恵吏は自分の講義を終え、研究室へと向かっていた。
空は晴れ渡り、風は凪いでいた。
所々で声を掛けてくる自分よりも年上の下級生に挨拶をしてから、恵吏は余り人の通らない道へと入った。
「!!!!っ」
不意に強い風が吹いた。
どこか異質で、狂ったように叫んでいた。
荒れ狂う風は恵吏の襟元近くを通り過ぎると、またどこかへと消えていく。
(今のは・・・)
恵吏は風の行く先を視線で追ってみるが、何も見えない。
『時が・・・来たのか』
夢の啓示は大分前から受けていた。いい知れない不安と、やるせなさが恵吏の胸に渡来した。
『動き始めた時は、誰にも止められない』
夢に出てきた『金色の髪を持つ天使』は、恵吏に嘆くように訴えていた。
そして、もう一人──────『風を操る少年』も・・・・
「リュウファ、聞こえているんだろう?」
恵吏は、誰もいない空間に話しかけた。
その声に答えるように涼やかな風が木々を揺らす。
「洸野と由宇香ちゃんに、力を貸してやってくれ」
遠く離れたこの地からでは、どうすることもできない。
願うのは自分の大切な幼なじみ達の無事だけなのに、『今の自分』では何も出来ない。
『神様、お願いです・・・僕らに力を与えてください』
遠い遠い空を見上げながら、恵吏は無言で願った。
『大切な人を護るには、僕らはあまりに無力です』
虚しいほど無力な自分・・・護りたくても、護る事ができない────駆けつける事すらできない本当に自分は無力だ。
『神様、お願いです。彼らを護る力を、僕らにください』
切なる願いだけを持って、風は中空へと上がり、海を渡ったのだった。
メインの主人公・理と弟の威がやっと異世界に行きました。
次回、地球世界側の主人公・洸野が出てこれば、マンガでかいた部分の4分の1がかけた事になります。