第26話:助力
──────地球世界
洸野は余りの悲しみに目を覚ました。
誰かが泣いている。理が、威がないている。威は大粒の涙を流して、理は涙さえ見せずにただ嘆いている。
窓の外をみるともうすぐ夕暮れが近づく時間に差し掛かるところだった。逢魔が時が近づいてくる。
洸野は慌てて起き上がると準備をしているだろうリュウファの方を見た。彼は窓の所で外を見ながらタイミングを計っているようだった。
「どうしたの?」
急に起き上がった洸野にリュウファは静かに視線を返す。
「何か、起きた・・・心が揺れた」
洸野の呟きに、リュウファは扉の前に行くとその手をドアの板につける。
瞼を閉じて、何かを探っているようだ。
「あれ・・・・なんだ、これ・・・・こんな仕掛け・・・・」
リュウファは困惑するように呟きながら強く強く扉の板に掌を押し付ける。
「こんな、まさか・・・・」
読み取れた情報にリュウファは困惑した。
こんな時分になるまで読み取れなかった情報の中に洸野には伝えたくない・・・自分だって信じたくない内容を見つけた。
「リュウファ・・・?」
泣きそうな顔でなんとか画策している彼に洸野は心配そうな視線を送る。
「扉が、一人分しか持たないように設計されている」
その上、引き寄せるための扉は目の前のものなのに、異世界から通じる穴は扉以外の場所に穴が開く可能性が高くなった。
そのうえ扉が開けないことにはその帰還するための穴の位置も掴めないそんな込み入った仕掛けだ。
とりあえず穴がこの屋敷の敷地内に開くように『道』を調整しなければならない。
逢魔が時までに時間がない。
急がなくては、せっかく戻ってきた人間を引き上げることができなくなり、またどこかに攫われてしまう可能性もでてくる。
「・・・一人、だけ?」
洸野は口元を押さえながら、その事実を受け止めていた。
そうなった時に、あの二人が取る行動が彼には手に取るようにわかった。
特に理が行うだろう行動は・・・そしてそれに協力する人がいれば・・・絶対に、理は帰ってこない。
(約束したのに・・・約束し・・・)
違う、約束は『いつになってでも、こっちに帰る』だ。
それは理がこの状態を予測していたのか、それとも単なる語彙だけなのか判別できない。
足が震える。悲しくて力が入らない。
ベッドの上に座っているのでなければ、きっと時分は醜態をさらしていただろう。
部屋の外が騒がしくなった。なんだろうと視線を向ける。
トントンっトントントントン・・・・
「洸野くんはここにいますか?」
続けざまのノックと理たちの父親の声・・・。
洸野は自分の足を叱咤しつつ立ち上がると部屋のドアを開けた。
そこには召使いを付き従えた麻樹家の当主の夫、麻樹良弘が立っていた。
「ありがとう、実さんが帰ってきたら内線で連絡してください」
彼は付き従っていた彼女たちに礼を言うと、魔法陣が浮かび上がっている理の部屋に入り鍵を閉めた。
190cmを越える背の高い彼の視線が『異世界との扉』の前で必死に作業をしているリュウファの姿を捉えた。
「風の、精霊ですか?」
「え・・・ああ・・・そうみたいです」
良弘の問いに、洸野が肯く。彼は洸野を連れてリュウファの元まで来ると幼いその顔を確認する。
(恵吏ちゃんに似た子ですね)
良弘は少しだけそう思うと、リュウファが支配している魔方陣の上に両手を置いた。
急に介入してきた強大な別個の力にリュウファは驚いて振り返る。そこには理に少し目元が似ている男性がこちらを見て頷いていた。
「私が、落ちてくる穴の位置をトレースして洸野くんに教えます。あなたは穴が絶対にこの家の敷地内に繋がるように集中してください」
確かにトレースしながら、すべての次元の穴をこの屋敷の敷地に集中させるのは難しい。
目の前の人の能力を見れば、理には及ばずとも威以上の能力を持っているのは明確だ。ならば頼るのが正解だろう。
「良弘、おじさん・・・大丈夫ですか?」
良弘が自分の能力を使うのを嫌っているのを知っている洸野はおずおずと尋ねた。
彼は家族に対してのみしか見せない笑顔を洸野に向けると、静かにかけていた眼鏡を外した。途端、彼のオーラが蒼に変わり、瞳と髪が藍色へと変化する。
「こういう時に使うために能力というものはあるんですよ」
どれほど大きな力も使いどころを誤れば単なる凶器でしかない。
また出し惜しんで後から後悔することは二度としたくないのだ。
「洸野くんは、祈りの力を集めてください・・・」
「祈りの力?」
洸野は親友の父親の言葉に不思議そうな顔をする。
自分の能力は昼間に一回放出されたので知っているが、それ以外に何かできることがあるのだろうか。
「ええ、今から耳の枷を外します・・・そうすれば、実さん、由宇香、恵吏ちゃん・・・その他の人の声が聞こえてくるはずです。それを集めてこの魔方陣に放出してください」
良弘の手が、洸野の両耳を塞ぎ開放する。
瞬間、様々な声が彼の中に雪崩こんできた。
洸野はその中から悪意を取り除き、聞き覚えのある声を探す。
『誰か、お兄ちゃんたちを・・・・』
これは二人の妹の由宇香の声。
『僕たちに、力を・・・二人を救えるように』
これは、自分たちの親友の恵吏の声。
『無事で・・・無事でいてくれ』
これは、二人の母の実の声。
『『絶対に、無事で』』
これは、自分の兄である剣人とその恋人である裕穂の声。
さまざまな祈りの声が彼らの持っている能力と共に洸野の元へと集まってくる。それはどんな悪意よりも強く、邪悪なるものを排除できる力を持っていた。
洸野は自分の中に溢れそうになる能力をそのまま魔法陣に流した。
それと同時に陣は最高の光を発し、やがて開くだろう向こうからの扉のために力を発し始めた。
おいしい所取りの良弘登場です。同時連載している『青炎の目覚め』の主人公で威の実父、理の義父になります。神に匹敵する並以上の炎を操る人物で、威・洸野・恵吏の能力が暴走しないように枷を掛けたのはこの人です。
洸野が『地球の森の王』ならこの人は『地球の炎の王』に位置します。