第25話:嘆声
パスワードがあたったのか、明滅は明確な意思を持って規則的に動き始めた。
『私ハ、コノ水晶ヲ管理スル者・・・』
水晶の声は、先ほどよりもしっかりとした口調で威に話し掛けてきた。
『内部ヘノ扉ヲ開キマス』
一仕事を終えた威はほぅっと胸を撫で下ろすと、喜びの顔で後ろを振り返った。
だが目に入ってきた光景にすべての言葉を失った。
自分と理の間に降る白い羽。それがエアルのものであることは一目瞭然だった。
彼女の背を覆っていたはずの羽は自分の義兄の背中へと移動している。
紅い、紅い血が理の腕を伝い、大地を染めている。美しく波打つ栗色の髪は零れるように理の足元に広がっていた。
「ど・・・して」
何も、起こらないはずだった。誰も傷つかないと信じていた。
なのに、こんな。自分が解除に手間取ったから・・・
『早ク・・・私ノ中ヘ・・・守ル力ガ私ノ言ウコトヲ聞カナイ』
慌てるように喋る水晶からの声がおかしかった。
防衛装置が自分の言うことを聞かない?ならば切り離して壊せばいいのだ。
自分の中の枷がカシャン・・・カシャン・・・と音を立てて外れていく気がする。
「あ・・・あああ」
身体が光に包まれる。様々な色に変化する光が自分たちを攻撃していた水晶のみを叩き壊す。
威は目を見開きながら、自分から放出される光の束に瞠目する。
「リデル・・・エアルの身体を・・・」
防衛システムが殆ど壊れたところでやっと傍まで辿り着けたリデルに理は血塗れたエアルの身体を託す。
彼は強く肯くと、自分の服が汚れるのも構わずにエアルの顔の汚れを拭い始める。
理は暴走を開始した威に近づいた。理が近づくほどに威から発せられる光の力は増す。主の意思を無視した光の力は、先ほどの防衛装置たちと同じく近づく人間へと牙を剥こうとした。
しかし理は自分に纏わりつく威の力を一払いで外すと、慣れない人の死に混乱している義弟の身体を抱きしめた。
「・・・んで・・・・なんで・・・」
理の腕の中で、威の身体から発せられる光は徐々に力を無くした。
その代わり聞こえてくるのは嗚咽まじりの問い掛け。理は自分の肩口に押し付けられた威の頭をしっかりと抱きしめる。
「威様・・・理様・・・」
顔を綺麗にし終えたのか、エアルの身体を抱えたリデルが自分たちの元に歩いてきた。
威は、理の背中を叩く形で合図を送り、腕を開放してもらう。
リデルの腕の中にいるエアルの身体は無慚なぐらい傷ついているのに、その顔は傷一つなくまるで眠っているように見える。 理と威を守れたことに満足したのか、その口元は微笑んでいた。
理はリデルに抱かれたエアルの身体をただ静かに見つめた。
自分を庇って死んだ少女の顔が、自殺を図った母の表情と重なる。まるで愛しい者を見るように最後に投げかけられた笑みは彼の心に深く刻み付けられた。
威のように泣く事も、叫ぶ事もできない自分が不思議だった。母が死んだ時にそんな感情など壊死してしまったのかも知れない。
『早ク、私ノ中ヘ・・・防衛装置ガ復旧シマス』
焦る水晶の声に周りを確認するといつのまにか水晶が元の形を取り戻そうとしていた。
「リデル・・・今度こそ離れていてくれるか?もしかしたら最後に崩壊させるかもしれない」
本来守るべきものを失い、狂ってしまったシステムなど最終的には崩壊させなければならない。
それはたぶん、自分の役目だと、理は確信していた。
「威、行こう。エアルの開いてくれた道だ」
素直に涙を流している義弟の肩をぽんと叩き、理は水晶内部への入り口を指差す。
威も理の呼びかけに小さく肯くと、最後に一度だけエアルの死に顔を見てから理と共にその内部へと入っていった。
威がやっとエアルが死んだことに気づきました。遅すぎですが・・・五感を幻視に取られていたということで許してやってください。