第24話:散羽
────あなた・は・だあれ?────
その質問に威の動きは止まった。
早く止めなくてはならないのに、求められる答えがわからない。
「俺は、麻樹威だ」
とりあえず名乗ってみたが、反応は返ってこない。
先ほどと同じ『アナタ・ハ・ダアレ?』を繰り返すのみだ。
「光の王・・・光王だ」
その答えも違った。威は焦るように記憶の中を探った。
理は威と共に質問を聞いていた。
名前────たぶん、ここにいた『金色の天使』が知っているはずの名前なのだろう。
彼女が自分たちのことをどう呼んでいたのか・・・理は威が標的にならないにずっと水晶を刺激しつづけながら、『幻影の中の少女』が自分を、そして威のことをなんと呼んでいたのか思い出そうとしていた。
エアルとリデルは離れた場所で二人の様子を見ていた。
かの質問は彼女たちの耳にも届いている。威が自分の名前を、ついで光の王と名乗ったのに暴走は止まらない。
「どうしましょう、エアル様」
リデルは不安げに横にいる彼女に助けを求める。
問い掛けられたエアルもどうすべきか迷いながらその光景を眺めていた。
ふと視線を上げるとメガリスの頂点の方で大きな力が渦巻いているのが見えた。その力は四方の水晶に反射しつつ、強さを増している。
(あれは・・・・)
エアルは自分の羽を出した。それがどれだけ危険なことかは承知していた。
(あの大きさは避けることなど出来ない)
自分が巻き込んだ二人の少年。それを死なせることは出来ない。
あの力は、絶対に自分の近くに存在するものに反応するはず。威を狙うのか、理を狙うのか解からないが止めなくてはいけない。
「エアル様っ!!」
止める、リデルの声を振り切って彼女は大空へとその身体を舞い上がらせた。
「エアル様っ!!」
リデルの叫び声に理は目を見開いた。
視線を上げると巨大水晶の中から今までにない力が貯まっていることに気づく。
「危ない!逃げろっ!!」
理の叫び声にエアルが上空で静かに笑う。
その姿は自殺したときの母の表情に似ていた。
止めようと天に伸ばした手も虚しく、水晶から放たれた光線は、彼女の身体を無数に貫き、白い羽が当たり一面に飛び散った。
威は後ろの喧騒にも気づかず、記憶を探りつづけた。
ふっ・・・と目の前の水晶に金色の髪をした少女の顔が浮かぶ。
自分の顔か?とも思ったが、違う。これは女の子の顔だ。
『・・・・さま』
少女は自分に向かい、何かを呼びかけている。自分と同じ紫色の瞳が悲しそうにゆがめられる。
『お・・・さ・・・ま』
鈴の転がるような声で彼女は、自分をそう呼んでいた。
『御兄様』
叫ぶようにその口は動き、記憶の中のものとは思えない声が耳に残る。
「俺は・・・イリューズ・・・」
『ハイ、確認シマシタ』
水晶の声が機械のように正解だと告げた。
落ちてくる身体を抱きしめながら、理は「どうして、こんなことを」と何度も呟いた。
自分たちに任せたままにしておいてくれればよかった。
もし莫大な力が自分を襲ったところで、自分自身の自己防衛本能が働き、無事切り抜けられることを理は知っていた。
「ごめ・・・なさい・・・体が動いて・・・しまいました」
あたりに散ったはずの白い羽はエアルの身体を離れると風の中に消える。
もしかしたらこの羽はデュファ族の見せる能力の幻影で、本当に背中から生えているものではないのかもしれない。
「それに、あなたたちに伝えていないことが・・・」
「なに・・・」
エアルの身体からは大量の血が流れ出し、大地を濡らす。
言葉を喋るのすら辛い状況だろう。こんな状態で言うのだからそれは重大な事のはずだ。
「水晶の扉は・・・一人しか・・・通・・・ない」
最初から帰れるのは一人だけだったのだ。
それを告げたらこの旅路をやめてしまうのではないかと思ってエアルは彼らに告げなかった。彼女は謝るように瞼を下げ、理は小さく首を振って見せた。
理の腕に抱かれたまま、エアルは大分散ってしまった翼を閉じる。それと同時にその身体からは翼の痕跡は消え、彼女の手に青緑色をした透明な水晶玉が現れた。
「わた・・しの・・・贖罪・・・あなた・・・がこち、らに残るのなら、・・・こ・・・ぐらいはひつよ・・・・でしょ?」
彼女は最期の力を振り絞りながら水晶を理の胸に押し当てた。『珠』はそこに固体として存在したのが嘘のように理の身体の中に飲み込まれる。
「つばさ・・・あげる」
最期ににっこりと笑って、彼女はその瞳から生の色を失った。
タイトルは散羽・・・そのまんまです。
私はキャラを生むときに、だいたい死ぬ場面から生むのでエアルを生み出したときもこの場面が一番最初に浮かびました。最初思っていたときよりも人数が若干一名多くなっていますが最初の設定そのままにかけたので少しだけ嬉しいです。