第18話:幻影
野営は地図を元に見つけた森の中の湖の傍で行うことにした。
村を出るときに買った簡易の食料とリデルが森で見つけておいた木の芽を夕飯にした。薪は自分たちが薙ぎ払ったつる草や、枯れ枝を利用する。
上空にあがったふぇあるに確認してもらったところ、後半日ぐらいで到着できる距離まで近づいてきているとの判断だった。
早めの夕飯は殆ど滞りなく過ぎ、夜も深夜をすぎていた。
「威の奴、早々に寝たな」
理の傍らを離れることなく過ごしていた威は、食べ終わって暫くすると寝息を立て始めた。
「リデルもです」
エアルの従者であるリデルは昨日からの緊張もあってか、それとも彼が守護される森の一部にいるせいか健やかな眠りについている。
「威のやつはいつまで経っても子供っぽさが抜けないな」
「それが、威様のいいところですわ」
呆れるように、しかし愛情に満ちた表情で言う言葉にエアルは相槌をうつ。
理はそのまま暫く義弟の髪の毛を梳いてやる。彼女はその光景を穏やかに見続ける。小さな沈黙が辺りを満たしていた。
「エアルさん、一つ頼みがあるんだけど」
沈黙を破ったのは理の方からだった。彼は彼女の方に向き直ると、小さくこほんと咳払いをした。
「俺たちに『様』をつけるの、やめてくれないかな」
たしかに自分たちの住む屋敷では『様』つけは当たり前にされているのだが、彼らは『麻樹家』が使用人という職務で自分たちを呼んでいるだけだ。彼女が自分たちを『様付け』で呼ぶのとはニュアンスの違いがある。
最初はその申し出に少しだけ戸惑ったエアルだったが、理からの正式な希望だと理解した。
「わかりました。私のことも『エアル』と呼び捨てにしてください」
変わりに出た申し出に、理も少し迷った。
いくらなんでも成人した女性を呼び捨てるのは理の考えに反した。
「しかし、年上の女性を呼び捨てにするのは・・・」
「たった2歳の差です。気になされないでください」
躊躇する理にエアルは笑って見せた。その言葉に、理はぴたりと動きを止めた。それから彼女の顔をまじまじとみてから、呻いてみせる。
「18歳?」
「はい、なったばかりです・・・って今まで何歳だと思っていらしたんですか?」
恐る恐る聴いてくる理にエアルは胡乱な目を向ける。
確認した理は、いろいろと今まで彼女の行動を振り返ってみる。
確かに大人とは言い難い行動も多々あった。しかし落ち着きのある外見のせいで25歳ぐらいと思っていた。それが成人にも満ちていないとは思いもよらない。
「驚いたな、もう少しだけ年上だと思っていたよ。それじゃ、エアルって呼び捨てにさせて貰おう」
よく知っている高校の先輩と同い年ならば、何となく対応がしやすい。
理は完全に身体をエアルの方に向けた。
「ところで、昼間の伝説のことを詳しく聞きたいんだけど」
理の申し出に、エアルは記憶の引出しを探った。
「金の天使の名前は『イリュージア』・・・光を紡ぐ者という名前を持つ女神の一人です」
エアルの言葉と同時に、昼間と同様の幻影が広がる。金色の天使はその腕で世界を守るように抱きながら、悟りきった表情でこちらを見ている。
「彼女は創世よりこの世界を守りつづけていると言われています」
幻視の中の少女はエアルの言葉に付随するように口を動かす。
『この混乱の中で、幼いこの世界が残るには守護者が必要です』
凛とした彼女の言葉は自分を呼んだ時とは違い、ずっとずっと強く感じられた。
「翼を持っていますが、この世界の風一族とは異なった存在のようです」
現実と幻影の境目を探すように視線を動かす。瞳に移る紫色の水晶を見上げる天使の姿。先ほどの『前世の記憶』とは違う、世界の記憶が自分に流れこんでくる。
「まだ幼かった『この星』を守るために彼女は水晶の中で眠についたそうです」
エアルの言葉を裏付けるように、『幻影の中の天使』は一番大きな水晶に触れるとその中へと吸い込まれた。
「なぜ、彼女は水晶の中で眠っているんだ?」
昼間の幻では死んでいく自分の変わりにこの世界を守るといっていた。
それなのに、なぜ眠っていた彼女が自分を呼んだのか・・・そして何より、翼が黒く染まるとはどういうことなのか。
「理由は二つある・・・と伝承されています。
一つは、この星を作った創造主の身代わりになったというもの」
頭の中がかき乱されるように目の前のシーンがパタパタと変わる。
今度は戦場の中だった。
非戦闘員である彼女は自分を心配そうに見つめていた。自分の周りには負傷した兵士や彼女よりもずっと縁の深い相手・・・顔が見えないが、そんな人物が難しい顔で戦況を話していた。
話は誰が『あの星』を守るのかに変わり、自分はそれに手をあげようとしていた。
『確かに、幼い世界には守護者は必要でしょう』
今まで黙っていた彼女が一歩進み出る。他の顔が彼女を見るが、彼女はそれを気にせずににっこりと笑う。
『地球は、未だあなたを必要としています』
驚きで見下ろす自分にも彼女は笑ってみせる。それは強く儚い笑顔だった。
『この星の存在が意味を成すその時まで私がこの世界を守ります』
白い羽が空間を覆うように広がる。その羽が持つ障壁の力は誰もが知っていた。
「・・・そしてもう一つは彼の帰りを待つために、だというものです」
『だから、その時が来たらあなたが私を起こしてください』
エアルの最後の言葉と重なるように金色の天使の言葉が発せられる。
その声はどこまでも明るく、自分の悲しみなど見せないほど美しい声だった。
理が現実で見ている部分と、前世として感じている部分が入り混じってしまいなんか訳の判らない文章になってしまいました。
下手に説明を入れるとなんか自分から土つぼにはまりそうなのでこれであとがきを終了します。