第15話:流華
地球世界──────
「ああ、うん、そういう事だから・・・学校の方、お願いします」
洸野は電話終えると静かに受話器を下ろした。
電話の向こうの兄・山下剣人とその恋人であり生徒会長でもある御園裕穂の二人も何か異変が起こっていることに気づいており、急な洸野からの電話にも慌てずに処理をしてくれた。
洸野の後ろでは由宇香のことを主治医に任せて戻ってきた美智子が心配そうに洸野を見ていた。
「おじさんと、おばさんには連絡はとれた?」
門のところで門衛に頼んでおいた連絡は内線を通じて、美智子にも伝えられていた。
彼女は侍女頭としての権限を持って、当主・麻樹実と夫である良弘に連絡を入れた。
「実様は、現在香港にて商談の真っ最中です。夜までは戻れないと・・・良弘様は午前中にある仕事以外はすべてキャンセルしてこちらに戻られるそうです。あと、お二方とも、この異変に気づいてらっしゃるようでした」
洸野は美智子の言葉に洸野は「そうですか」と短く返した。
何千、何億という社員をその肩で支えている実に無茶はいえない。それに良弘だってどうしても外せないもの以外はすべて外して帰ってくるといっている。二人に文句を言うことなどできない。
しかし、力のない自分よりも、遠くの地で異変を察知するほどの能力を持った大人にいて欲しいと思ってしまう。
(こんな弱い心ではだめだ)
洸野は、自分を叱咤する。こんなにも心が弱くては、自分が何よりも大切だと思うものを奪われてしまう。
「これから、どうしますか?」
洸野の思考を奪うように、美智子が問い掛けてきた。
彼は小さく苦笑してみせる。
「今は、何もすることがないので、とりあえず理の部屋で待機しています」
洸野の言葉に、美智子はわかったとばかりに深く頭を下げ、彼を見送ってくれた。
洸野は理の部屋に続く階段を上りながら、思考を巡らせていた。
自分が今、すべきことは何なのか・・・どうすれば理と威を救えるのか。
「やっと来たね、洸野」
聴きなれない声が階段の上から響いた。驚いて顔を上げる洸野の周りを新緑の葉を渡るような爽やかな風が包む。
「誰、だ?」
今の洸野にとり『風』は忌むべき象徴だ。
たとえそれに邪気がないとしても、油断はならなかった。
その心を知っているのか、声の主は3Fへと進む階段にある窓枠から階段に飛び降りた。
現れたのは10歳ぐらいの少年だった。薄い黄土色の髪が、緩やかに宙に舞い、ダンスするように畝っている。
「僕の名前は、リュウファ。理と恵吏の知人だよ」
彼はそう言うと、階段の途中で止まっている洸野へと近づいてくる。
その足音は、まるで風が渡るように滑らかで、音すら感じられない。
「洸野の協力をするためにここに来た」
いや、歩いているのではない。その姿は歩いているように見えるが、小さなは宙に浮いている。
「協力?」
「うん、恵吏の願いと由宇香の祈りが僕を呼んだ」
床に近いところで浮いていた彼はゆっくりと舞い上がると自由気ままに宙を飛ぶ。
「二人の願いは『理と威をこの世界へと取り戻したい』というものだった。そして、僕自身も彼らをこの世界に取り戻そうと思っている」
リュウファは自らの体を洸野の前に固定すると、視線を合わせるために宙に浮かんだまま彼を真剣に見つめた。
「お前、何者なんだ?」
「いい質問だよ。僕はこの世界の風を司るもの。
僕の司る風の精霊を汚した『異界からの風』からこの世界に必要なあの二人を取り戻したいと願っている」
屋敷の中なのに巻き起こる気流が、窓際に飾られている花を強く揺らした。
「僕の言葉を信じるか、信じないかは洸野の自由だけど、あの二人を助けるための助力はして欲しい」
目の前の『風を司る少年』の言葉に違和感はない。
洸野は一度目を閉じ、心の中をきちんと整理してからしっかりと目の前にある青緑色の瞳を睨み返した。
「言葉を信じるのかは結果が出てからだ。
今の俺にはあいつらを救う手立てすらない。何もせずに手を拱いているより、不確定でも何かの手立てがあるとしたら、俺は悪魔とだって契約を結んでやるさ」
決意を示すようにこぶしを硬く握りながら、洸野は自分の目の前にいるリュウファの間につきだした。
「ぼくは、悪魔じゃないけどね・・・まあ。いい。取りあえず理の部屋へ移動しよう」
リュウファは足を床につけると、理の部屋のあるほうを指し示して歩き始めた。
タイトルはリュウファの漢字表記です。
事態を理解しながらも手を拱いている地球世界の風登場でした。
いろいろと思慮する場所があるのか、まだ行動は起こされていないようです。