第14話:追想
小さい理は、今でも自分をじっと睨んでいる。
その当時はわからなかった憎悪を今ならば理解できた。
「でも、理様を現実に戻して救ったのは威様なのでしょう?」
威はエアルの言葉に静かに静かに否定をした。
「俺は現実に連れ戻しただけ。救ったのは俺じゃない」
連れ戻すのと救うのは別だ。
狂気しか与えられない『現実』と正気を紡ぎだせる『幻想』────どちらにいたほうが幸せなんて他人には決められない。
「夢の中で永遠の正気を得ようとしていた人を、無理矢理現実の狂気の中に引き摺り落とすことが救いになると思う?」
視線を落とした威はこれまで見せてきた明るいだけの表情とは違い、ひどく大人びて見えた。
常に自分がした事に対してジレンマを抱きつつも、それでも兄弟としてそれをおくびにも出さずに来たのだろう。
「しかし、理様は現実の狂気に惑わされてはいないと思います」
「うん、今はね。俺とは違い『救う』ことができた人間がいたから」
エアルの言葉に威は肯き、視線をそらした。
脳裏に浮かんだのは二人の親友の姿。
一人は山下洸野・・・理に出会う前からの威の友人だ。誰よりも純粋で、無垢なくせに無限に広がる包容力を持った少年。
その暖かさで、凍えていた理の心を溶かしてしまうほどの力を持っていた。彼はたぶん今も自分たちを心配して、心を痛めているだろう。
もう一人は、月路恵吏・・・理と異質ながらも同じほど大きな闇を持つ少女。鋭敏なまでの洞察力と同じ傷を持つものとしての理解力で真実を推察し、理の心の目を覚まさせた。
なんでも知っている彼女の事だ、遠い異国の空の下にいても自分たちの異変に気づいていることだろう。
「あいつらが植え付けられた狂気に立ち向かう術を理に教えなければ、俺は今でも恨まれたままだったと思う」
それでも仕方ないと思いたくはなかったが、もしあのまま理が成長したらそうなっていただろう。
今の義兄との穏やかな関係は、彼らが自分に与えてくれた最高の宝物だった。
「しかし、今の理様は威様をとても大切に思われていると感じますが・・・」
素直なエアルの感想に、威は艶やかな笑みで「うん、知ってる」と答える。
そこで話が終わったと判断した威は、取りあえず寝てしまおうと制服のネクタイを外し、シャツのボタンを外して、髪の毛を解いた。豊かな質量の髪は彼の背中を覆い尽くし、それだけで彼の持つ華が増した。
「それにしても、なんで今、理の母親のことを聞くの?」
一番初めにすべきだった質問を思い出し、威は寝転がりながらベッドの横までついてきた彼女に問い掛ける。
エアルは少し逡巡したあと、
「理様が仰るにはその方と私は似ていると・・・」
と告げた。威はエアルの言葉に、自分の髪をかき乱すと、悶えるように枕に懐いてみせる。
「なんで、理のやつそんなこと言ったんだろ。あんまり似てないのに」
それとも彼女と行動がにているのか?とも思うが、父の言葉から出てくる自分の知らない叔母の姿も彼女には当てはまらない。
目の前のエアルも、聞き耳をたてていたリデルも揃って『そうなんですか?』という目でこちらを見ていた。
「写真を見せて貰ったことがあるけど、似ているのはその髪だけだよ。叔母さんは、目がきつくて全体的に『炎』のイメージの強い人だったから」
風の巫女であり、風のイメージの強いエアルと彼女の雰囲気はまったく違う。
つりあがった目元、整いすぎた顔立ち、すらりとした武道をやっていそうな美丈夫と、ほんわかした目元、どこか愛嬌もある顔立ち、武道などやったことのないことがありありとわかる彼女とどこが一緒だというのだろう。
髪だけで判断するようなことはしないと信じたいが、理がどこを見て『似ている』と言ったのか問いただしてみたくなってしまう。
「あ、そういえば、真帆おばさんも昔『神子姫』ってよばれていたっけ」
未来を見て、未来を開拓する能力を持っていた彼女が、どうしてこんな不幸を作ったのか、とその能力を持っていたと知ったときは思った。
つまりそこの辺りを似ていると思ったのだろうか。
「まあ、あんまり気にしなくていいんじゃない?理は神経が細かいから、ナーバスになってるんだ。今ごろ、市場で買い物をしながら反省していると思うよ」
自分が大きな傷を持っているせいか、理も彼の親友たちも他人を傷つけるのを好まない。幸せに育ちすぎている自分のほうがまだ無神経に傷つけていると思う。
「それじゃ、俺は寝るから・・・理が帰ってきたら起こしてね」
話を切るように威はそう宣言すると、僅かの時間で眠りにおちてしまった。
エアルとリデルは顔を見合わせると、小さく笑いあい、彼を起こさないように部屋を出て一階の食堂に下りていった。
取りあえず、思い出話はここで終了です。
威の得意技は相手の心を見透かすことです。こうしてみると漫画で掻いていたときよりもエアルがかなり幼く感じます。(絵で描くと彼女は20歳ぐらいの女性)
次からはまた少しだけ地球に戻ります