第12話:追慕
忘れたくても忘れられない赤の記憶──────
目の前に立つ彼女と同じような栗色の長い髪と炎を彩る紅い瞳を持った、炎の巫女と呼ばれた女性の静かな微笑み。
『こちらへ、いらっしゃい』
あの日、普段は自分を殴るのに使われる手が優しく自分を呼んでいた。
何も理解していない幼い自分は喜び勇んで彼女に抱きついて・・・抱きしめ返してくれたことに至福を感じた。
昔のように優しく髪を撫でてくれる手の温もり。
しかし、その口から発せられる言葉はどんな刃よりも冷たかった。
『あの人は、あなたのせいで出て行ってしまったの』
それが偽りの言葉だったと、だいぶ後で気づいた。
あの時、父は長く家を空けなくてはならない仕事で出かけていただけだった。
それを彼女は自分を捨てて逃げたのだと勘違いしていた。
そしてその時の自分もその事実に気づかず、ただ抱きしめてくる女性に泣きながら謝った。
『ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい』
『あなたさえ、いなければ』
刃物を持つ音が自分の後ろからした。
自分は殺されるのだと思った。
自分が殺され、死ぬことが彼女のためになるのなら、それでもいいかと小さい心は麻痺したように思っていた。
『私のように、苦しみなさい・・・理』
抱きしめる腕が強くなる。頬にあたる刃物の感触。
しかしその切っ先は自分ではなく、彼女に向かっていた。
『あなたに、幸せになる、権利なんてないわ』
彼女の行動をとめたくて声をあげようとするが、息は咽喉の奥で詰まり、まるで溺れているかのように苦しくて出すことが叶わなかった。
『不幸の中で、死になさい』
言葉と同時に目の前が紅く染まった。
鉄に似た臭いが体に染み付くように纏わりつき、動くことができない。圧し掛かってくる重みはどんどん暖かさと柔らかさを失う。
彼女の元から紅かった目は、更なる赤に塗りつぶされて・・・
「目の前で母親が死に、死ぬことを選択していた俺を現実に引き戻したのが威だ」
抱きしめてくれた暖かさは今でも忘れない。
だが当初は自分と同じ血を持ちながら、それも父親からより強い血を受け継ぎながらも純真なままの威を受け入れることなどできなかった。
「でも最初は『なんで死なせてくれないんだ』とも思ってた」
その反発は声に出た。
引き取られた先で一言も喋らない理に威は本気で声が失われたのだと思っていた。
伯父夫婦はどうやら自分の意志で話さないのだと判っていたようだが、無理強いなどはせず無口な自分を普通に愛してくれた。
やがて心の氷が溶け始めるとその温かさを心地よいと思えるようになった。
「今でも、威さまのことを・・・?」
理は先ほど見せた彼にしては珍しい明るい笑みを浮かべると
「まさか、かわいい弟だと思っているさ」
と簡潔に答えた。
エアルは少しだけ視線を落とした。
自分のした馬鹿馬鹿しい質問と、彼が『身内』だと思う者に対してだけ向けられる和やかな表情に胸の奥が小さく痛んだ。
「でも、『かわいい』なんて言ったのを知られたら、怒られるかもな」
「まあ」
胸の痛みに気づかない振りをしながら、エアルはなんとか笑ってみせる。
その顔に何かを思ったのか、理はやはり無表情のまま椅子から立ち上がると壁にかかっていた自分の上着を着込んだ。
出かける前に再度、注意を促そうとする彼女に彼はわかっていると手をあげた。
「あなたは、本当に顔立ちが似ている」
唐突に言葉を発した理にエアルはきょとんとした目で彼を見上げた。
リデルも自分の主に似ているという人物に興味があるのか二人の話に耳を傾けている。
「え・・・どなたに?」
「何かを見透かすような瞳をしながらも、俺の何もかもを見ずに壊していった俺の母に」
瞳の色も、顔立ちも違う。重なるのはその長く流れる栗色の髪だけなのに、なぜかエアルは彼女を思い起こさせた。
理は静かに彼女の顔から視線をはずすと、「でかけてくる」と短く言い残して部屋を出た。
理の母親である真帆の死に様でした。彼女の死は人によっていろんな見方の違いがあるので、今回は息子である理の部分を次回は威から見た真帆の死に様?になるかも知れません。
それにしてもエアルは生まれてから神殿以外でのせ生活が乏しい上、まだ18歳という若さのため少々世間知らずです。
自分と2歳しか違わない女性を捕まえて「自分の母親に似ている」という理も人としてどうよとは思いますが・・・