第11話:木霊
──────異世界
エアルの名前で取られた宿の一室で、理は静かに顔を上げた。
急に顔を上げた理にエアルとリデルは不思議そうに彼を見つめている。
親友が自分たちを呼んでいる声がした・・・・・・そんな感じがした。しかし、その感触はあまりにも微弱すぎて、すぐに途絶えた。
(山下の声が、聞こえるはずないよな)
理は自嘲をしながら、窓の外の風景を眺めた。
夕暮れに訪れた客に宿は何も問わずに部屋を3つ用意してくれた。ひとつは理と威の相部屋、後はリデル、エアルがそれぞれ使うための部屋だ。
今日、この村は偶然にもお祭りらしく、宿はそこそこ賑わっていたはずなのだが、それだけ『最高神官』の名前は強力なのかもしれない。
窓の向こうに広がる活気を帯びた宵闇の街はどこか浮かれていた。
宿屋が面する表通りにはいくつもの屋台が軒を並べ独特の雰囲気が出来上がっていた。それを興味津々の視線で見つめていた義弟は・・・・・・
「そういえば、威はどこに?」
よほどボウっとしていたらしい、彼が部屋を出て行ったことにすら気づかなかった。
「威さまは先ほど、市場の方に出かけられました。自分たちの世界にはないものを見つけられるのだと意気込んでらっしゃいましたよ」
「あいつらしい」
そういえば威は昔から屋台みたいなものが好きだった。
安いゴムボールや粉の味がするお好み焼きなどを買ってはあっちが旨い、こっちはだめだと評価していた。(なんとも『庶民的な御曹司』だな・・・)と引き取られた当初は感心していた。
それにしても、威の行動は普段と変わらない。その安心感に理は穏やかに微笑んだ。
初めて彼らに見せる優しい表情に他の二人は見惚れてしまうほど綺麗な笑顔。しかしその表情はすぐにいつもの無表情の仮面の下へと隠されてしまう。
「どうかした?」
一片のたりとも気を許さないその姿勢は、彼の弟にはないもの・・・そしてそんな風にしか相手に対応されないことに彼女は少し寂しく感じてしまう。
「いえ・・・あの、お聞きしてもよろしいですか?」
エアルは畏まった様子で理の前に立つと今度はしっかりと彼の容姿を観察した。
理と威の顔立ちは兄弟といえどもまったく似ていない。少しだけ声の性質が似ているような気がするが、よほど関心を持って聞かないと気づかない程度だ。
闇よりもなお深い闇の色の瞳、すべての影を集めたような黒髪、顔は男性的でいて誰よりも目を引く美丈夫だ。
だからといって筋肉がムキムキと隆起しているわけでもない。存在自体が綺麗で、なによりも女性が放って置かないぐらいのフェロモンが彼からは感じられる。
一方、出かけている威の方は少し女性的な顔立ちをしている。
太陽の光を受けると紫色にも似た光を放つ髪と瞳。体格も恵まれており、長い髪の毛を後ろで無造作に縛っているのでよほどのことがない限り女性とは間違えられないだろうが、髪の毛を下ろし眠っていると女性に見える。
つねに見せる明るく柔らかい表情は子供らしさを残していて、理の持つフェロモンとは違う魅力を放っている。
「質問ってなに?」
自分を観察したまま固まっている彼女の様子を理は静かにじっと見ていた。
その瞳の中に何かが思い出されて、不快になりそうになるがそんな感情はすべて封じてただ淡々と彼女と向き合う。
「お二人は本当に兄弟なのですか?」
エアルの爆弾発言に彼女の後ろから見守っていたリデルのほうがはらはらしている。
「容姿はもちろんですが、性格、考え方、すべてが違っています。そして何より真反対の性質の光と闇の・・・・・・それも神にも匹敵する強大な力が同じ親から生まれるとは信じられません」
「同じ日に生まれてはいるんだけど、ね」
失礼な質問を投げかけてきた彼女に、彼は触れると切れそうなほど冷たく鋭い視線を向ける。
しかし彼女はその視線を真っ向から受け止めてみせた。
今度は理の方が少しだけ視線をさ迷わせ、ついには根気切れとばかりに軽く肩をすくめて見せた。
「同じ日に生まれた、従兄弟だよ。俺は5歳のときに威の家に引き取られて、それから兄弟になった」
呟きとともに彼の瞼の奥に幼いころの記憶が否応無しに蘇ってきた。
地球世界の森の王である洸野の声はどうやら時空の扉を越えて親友に届いたようです。
気のせいだと思われていますが・・・
今回は『こだま』という名前は呼んでいる声が森の王だからという意味でつけました。