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第1話:予兆

 遠く、遠くから声がする。

(・・・・・て、わ・・・・ま・・・・る・・は・・・・に)

 暗い暗い闇の中で自分は一人、その声の主を捜している。

(・・・だして、わた・・・まって・・る・・わ・・・は・・・・えに)

 歩いて行くほど、その声は段々と明瞭になってゆく。

 回りには黒い闇に融けるような怪しい色の水晶が自分よりも大きくそびえ立っていた。

(おも・・だして。わたし・・・まって・・・る。わた・・・のは・・・・えに)

『思い出して、私は待っている・・・』

 その後ろの言葉は未だ明確には聞き取れない。

 意味深な言葉に彼は考え込む。

 彼女は自分に『何』を思い出して欲しくて、いったい『誰』が待っているのか。

「君は、誰だ?」

 彼は思いきってその声の主に問いかけてみる。

 答えなどは期待しない。いつも、彼女は一方的に自分へと声を掛けてくるのだから。

(わたし・・・わたしは・・・)

 白い羽が舞う、黒い羽が舞う。

 見えたのは暗い色の紫水晶の中に捕らわれている金色の髪を持つ天使。

(わたしは・い・・・あ・・・おもい、して、・・たしはまって、る。わた・・のはね・そま・・まえに)

”思い出して、私は待っている、私の羽が染まる前に”

 名前はやはり聞き取れなかった。だが、いつもよりずっと声はわかりやすくなった。

「君の羽が染まってしまう前に?」

 水晶の中の天使は目覚めない。だが声は先程と同じ事を繰り返している。

「羽が染まる前にどうすれば、いいんだ?」

 再度、強く問いかける。

 声は途切れ、どこか遠くで何かが割れる音が響いた。

(はね、が、そまる、まえに、わたしを・・・ころして)



 彼は、そこで目を覚ました。

「ゆめ・・・か?」

 体中にびっしょり汗をかいている。濡れたパジャマに気色悪さを憶えつつ、彼はサイドボードの上の時計を確認した。

 まだ6:30・・・彼が起きるには早い時間だ。

(いったい、何を啓示しているんだ?)

 何かの予兆とも思えない、だが明らかに自分に呼び掛ける夢。その理由に自分は全く覚えがない。

 ただ目が覚めるといつも疲労感と罪悪感が自分を襲ってくる。

(忘れてしまった・・・?)

 忘れるほど、自分はファンタジーな世界になど関わりはないと思う。

 確かに普通よりも『異質な能力を持つ者』と知り合いではあるが、天使と知り合いになった覚えなど無い。

(何かが起こる前兆か?)

 それならば、気をつけねばいけない。

 自分が『大事だと思う者』を一辺たりとも傷つけないように最善の努力をしなければならない。

 彼は睡眠不足を訴える頭を振って眠気をとばすと、ベッドから降りた。

 二度寝してあんな不可解な夢に疲れさせられる気など毛頭ない。

 彼は適当な着替えを持つと、自分の部屋に備え付けのシャワールームに向かった。全身を覆っていた寝汗を軽く流すと、クリーニングの行き届いた下着やシャツを身につけてゆく。

「ぐっもーにん、さとる・・・って。何で起きてるの?」

 朝に滅法強い義弟おとうとたけるがノックも無しに扉を開いた。

「起きてて悪いか?」

 制服のネクタイを締めながら、理は義弟に振り返る。

 殆ど身支度を終えている理に威はちらりと窓の外を見た。

「いや、今日は槍かなぁ・・・と」

「何が言いたい?」

 低血圧な理はいつもは威が3回起こしに来るまで起きない。

 もちろん、それを見越して威は早め早めに起こしに行くようにしている。

 それなのに、自分が1回目起こしに来る前に自ら起きて支度をするなど、嵐の前触れとしか思えない。

 理もそう思われているのは判っているので少しだけむっとした表情を作っただけで義弟の軽口を聞き流す。

「ま、とにかく準備出来てるなら下に行こうぜ。美智子さんたちを驚かせよう」

 美智子とはこの家に古くから勤めるメイドの一人である。現当主の子供の頃に同年代の世話係として入ったというのだから勤続30年以上になるベテランだ。

 他にも広い屋敷には執事や数多くのメイド、当主であり母でもあるみのるの秘書たち、家族一人一人のために用意された運転手など多種多彩な人間が働いている。

 そもそもこの『麻樹』という家は並の金持ちとは違い、古くは華族から始まり、戦争によりその制度が失われた後は持ち前のネットワークで経済界のトップに輝いたという家柄であった。

 威はその当主・実と夫である良弘よしひろの長男である。

 そして理は良弘の妹・真帆まほの死により、この家に引き取られた養子である。

 理の本当の父親は今も生きているが、真帆の死で精神的に壊れかけていた理が彼と暮らすのを嫌がったために、彼はこの家に引き取られた。もちろん、父親の方は反対したのだが、新進気鋭の音楽家で海外出張の多い彼が長女である真奈と一緒に理を育てられるのかが問題となり、結局、理は『麻樹家の長男』となった。

 その後、理は常人よりずば抜けた頭の良さ、判断力・洞察力を実に気に入られ、かつてより余り経営に向いていないと判断されていた威に代わり麻樹家の跡取りに抜擢された。

 威も自らはサポート役等が似合うと自覚しているため、母親のこの判断には大賛成だった。

 くして、義息が跡取りという不可思議な状況で今の麻樹は落ち着いていた。

「それにしても、理がこんなに早く起きてるとはな・・・ご飯、出来てる分で足りるかな」

 からかうように言う威に理は

「お前の分を貰うからいいよ」

と軽く返す。それに対してきゃんきゃんと威が喚く。

 いつも通りの朝、いつも通りの変わらない日常がそこにある。

「威お兄ちゃま、おはよう・・・え?理お兄ちゃまも?」

 階段の下に居た妹の由宇香がいつも通りに起きてきた威と、いつもよりも随分と早く起きてきた理を見比べた。

 そしてちらりと窓の外の天気を確認する。

「ええっと、理お兄ちゃま、おはよう。今日は嵐がくるの?」

「由宇香、おはよう。威は槍が降ってくるって言ってたぞ」

「由宇香、おっはよ。やっぱりお前もそう思うよな」

 それぞれ広い食卓の自分用の席に座る。それと同時に様々な料理が3人の前に置かれていく。

 身体が弱く自宅でずっと療養している由宇香の前には食べやすいお粥やフルーツポンチが、理と威の前には到底朝から食べる量とは思えないほどの様々な料理が並ぶ。

「おはようございます。理様、威様、由宇香さま」

 メイド頭の美智子が食卓に現れ、深々と頭を下げた。

「おはよう。美智子さん。いつもより早いのによく料理の手配ができたね」

 不思議そうに感心する威に、理は少し考えた後、彼女に挨拶がてら訊ねた。

「おはよ、美智子さん。また母さんが何も食わずに出ていった?」

 美智子は穏やかな笑みでそれに返すと

「ご明察でございます。実さまは早朝に問題が発生したためすでに出社されていらっしゃいます。良弘さまもお食事は学会に向かう車中で取られると言われて出かけられました」

と、彼らの両親の朝の状況を説明する。

「それで、理お兄さまと威お兄さまのお腹を満たせるだけの食事が用意できたのね?」

 ようやっと納得できたのか由宇香は楽しそうに結論を述べた。

 妹に結論を出された理と威は互いに視線を合わせると苦笑したのだった。

10年以上前にマンガで書き始めて途中でやめた話を小説にしてみました。

今度こそ完結できるようにがんばりたいです。

こちらの方が『蒼炎の目覚め』の本筋の話になります。

理は真帆の息子。威と由宇香は良弘の子供たちです。

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