7話
ありがとうございますー、と喜んだ彼女に導かれ、俺は石畳でできた大通りを歩いていた。
「あー、そう言えばまだ自己紹介してませんでしたねー。私はモモと言いますー。TPWは、初めて丁度1年くらいになりますかねー」
「あ、どうもです。俺はカケルと言います」
「カケルさんですねー、よろしくお願いしますー」
彼女は、ニコニコと笑いながらこちらを先導する。
「これは、やっぱり止めますとか絶対に言えない雰囲気だな」
「カケルさーん、何か言いましたか-?」
「っ、いや、随分と大きな道だなーなんて、あはは」
「あぁ!初めて来られる方はみんなそう言いますねー。この道はグランポート西中央路と言いましてー、街の中央を流れるセレヴィヌス川をはさんで、東西にそれぞれ一本ずつ、中央出口まで繋がってるんですよー」
ふぅ、何とかごまかせたみたいだ。おっとりしてるようで鋭くないか、この人。
しかし、中央出口まで繋がってると言うけど、もしかして遠くにうっすらと見える門の事か?
一体どんだけ広いんだこの町。
「そしてー、港から中央出口までの間に、住宅地区、商業地区、宿泊地区の順に区画分けされてましてー、それが東西それぞれに存在するんですよー。もし欲しいものがあれば商業地区に行ってみて下さいー。色んな店があって楽しいですよー」
「へぇ、そういう風に分けられていると、探すのも楽そうですね」
「そうは言っても広いですからねー、目当ての店を見つけるのも大変ですー。その代わり、お気に入りの店を探す楽しみもありますけどねー。あ、そこの横道が住宅地区中央路、通称住宅通りですねー。こんな感じで各地区の大通りの部分で川の上に橋が架けられてますんで、そこで川を越えられるようになってるんですよー」
確かに、今歩いてる道には劣るが、それでも大きな石畳の道が左右に伸び、右手には石橋が反対の岸迄伸びている。
それにしても人が多いな。通行人は勿論なのだがそれよりも、
「露天、ですかね。ござ敷いて荷物広げてる人がいっぱいいますけど」
「その通りですよー。これぞグランポート名物大通りの露店街なんですー。だから、中央路は通称露天通りと言われてるんですよー」
彼女の言うとおり、大通りの川側に陣取り、隙間無く埋められている露天は、露店街と言われても違和感はない。値段交渉や声かけなどが飛び交い、空きスペースができれば即座に別の人間がそこを陣取る。
何処を見ても、凄まじい活気だった。
お登りさんのように辺りを見回していると、また大きな横道が現れる。左を見ればさっきまでと雰囲気が違うため、商業地区に変わったんだろう。しかし、そんな事よりも気になるものがあった。
「あの、モモさん。あれ、何ですかね。教会、みたいに見えるんですけど」
俺は彼女を呼び止め、右手側の川の中央に存在する、建築物を指さした。
ぱっと見には、たまに見るキリスト教の教会そのものだ。
「あれはですねー、神殿というものですよー。この大陸の各街に数個ずつありましてー、あそこでホームポイントの設定や、怪我の治療を行えるんですー。そんな事もあって、野良パーティ募集や待ち合わせによく利用されるんですよー。特にあれは、この街最大のグランポート中央大神殿ですからねー、神殿橋はいつも人が多くて大変なんですー」
神殿は、川に架かる橋の中央に入口があるようだ。だから神殿橋と言うんだろう。
彼女の言うとおり、橋の上には人が多い。
しかし、野良パーティ、か。パーティってのは分かる。俺だってRPGぐらいはやった事あるし。
ただ、何でそれに野良が付くんだ?
「ホームポイントってのは、死んだら戻ってくる場所で良いんですよね。それじゃ野良パーティって何ですか?」
「えっとー、私も詳しい訳じゃないんですけどー、その日限りで組むパーティのことの筈ですよー。あ、宿は東区画にあるんですけどー、ここは人が多いからもう一個先の橋で渡りますねー」
そこのジュース屋のリンゴジュースは絶品ですから、機会があれば飲んでみて下さいねー、とか、あそこはぼったくり喫茶ですから行かない方が良いと思いますよー、とか為になるようなならないような話を聞きながら、足を進める。
「そういえば、店がいっぱいありますけど、あれは全部冒険者の方がやってるんですか?」
「全部は流石にないですよー。詳しい数は知らないですけど、7割ぐらいじゃないですかねー」
「7割、ですか。冒険者がやってるのと運営がやってるのって何か違いがあるんですか?」
「そうですねー、運営がやってる店は基本的に店員がNPCなのでー、割引だったりセールだったりをする事がないですかねー。それにまっとうな店が多いですー。冒険者がやってる店なら色々と融通が利きますしー、よく分からない店も多いですかねー」
アルコール度数80%以上の酒しか置いてない酒屋「Burning Flame」とかー、出てくる料理がみんな赤い喫茶「タカノツメ」とか色物が多いですー、とかなんとか。
確かに色物が多いなしかし。
「そんなんで、経営とか何とかなるんですか?」
「何とかなるみたいですねー。お客は世界中にいますしー、このゲーム、アイテムの類はNPCも買っていくんで、プレイヤーに人気が無くても大もうけしてる人とか居るみたいですよー」
「NPCが買い物、ですか?」
「はいー。そう言うプログラムが仕込まれてるらしいですー。NPCに冒険者は居ないので、冒険者の宿に来る事はないんですけどねー」
そう言うプログラムも仕込んで欲しいですよー、と彼女は嘆く。
しかし、そうなるとNPCはもしかしてそこら中にいるのか?
そうか、大通りになってから美男美女祭じゃ無くなったのは―それでも多い事に変わりはないが―俺と同じような奴が増えたんじゃなく、NPCが居ただけだったんだな。
「たしかに、こんな奴いねーだろ!みたいなのも居たからな…」
「あー、NPCの人達は個性的な人も多いですからねー」
ナチュラルに独り言に返すのは止めていただきたい。
いや、俺が独り言言うのが悪いんだけどさ。
「あ、そろそろ宿泊地区ですねー、もう少ししたら川を渡りますよー」
「了解です」
気付けば、確かにまた町並みが変わっている。それに、さっきより人通りが少なくなったが、美男美女率が跳ね上がったぞ。
少し町の方を見れば、色々な形をした建物が雑多に並んでいる。石造り、煉瓦造り、藁に板張りと何でもありか。店の前では客引きなのか、人が立って呼び込みをしている。
「そういえば、冒険者の宿の説明をしてませんでしたねー。冒険者の宿が安全地帯である事や、クエスト受注の場である事は聞きましたかー?」
「はい、教えて貰いました」
「そうですかー。では、利用方法について教えておきますねー。まず、冒険者の宿は名前の通り宿ですから、宿泊する事ができますー。とはいっても、ネトゲ内で眠る事も無いと思うので、このゲームの宿は一泊のお値段ではなく、12時間部屋を借りるお値段となってますー」
勿論食事付きですよー、と楽しそうに言う彼女。
VR世界内では、飲食をしても当然現実世界での身体に栄養は行き渡らない。しかし、満腹中枢は刺激されるし、脳内信号を用いて酔う事も可能だ。たばこなどにもそれは適用されるので、VR世界でのみ酒やたばこをたしなむ人間も多いと聞く。ちなみにいくら飲んでも肝臓は鍛えられない、当然ながら。
「公式が運営してるグランポートホテルでは、12時間で20goldとなってますー。この12時間というのはー、この世界の時間ではなく、プレイヤーがログインしてる時間になってますー。時間超過したら延滞料金取られちゃいますから、注意して下さいねー」
「なるほど、ログイン時間ですか。そういうのはオーナーに分かるようになってるんですか?」
「えっと、確かですけど、部屋を借りる時にはオーナーに冒険者カードを見せる事になってるんですー。その時にオーナーが、冒険者番号を控えているんでー、それを運営に送るか何かする事で、その人のログイン時間を教えてもらえるらしいでうよー」
なんとも曖昧な。しかし、これって大丈夫なのか?
「はぁ、しかし、そういうのって所謂プライバシーの侵害になっちゃいません?いや、微妙なところなのかもしれませんが」
「どうなんでしょうー。でも、一応公式から、宿のオーナーにはログイン時間しか分からないようになってるって書いてありましたしー、誰にでもできないように、そのページには、冒険者の宿のオーナーしかいけないようになってるらしいですからー、大丈夫なんじゃないでしょうかー?」
「そうなんですか。結構詳しいんですね」
いえいえー、と彼女は手を左右に振って、
「これ、全部公式サイトに書いてある事ですからー、皆さん知ってる事ですよー」
「そ、そうなんですか…」
い、いかん、これじゃ俺が普通の事も知らない男みたいじゃないか。
いや、俺はまだ初心者なんだ。今日のところはこれで押し通るとしよう。
…うん、ちゃんと公式サイトは読まないと駄目だな。
「もし、そういうのが気になるんでしたらー、公式運営の、グランポートホテルに行かれても構いませんよー。実際運営も推奨してますしー、人も1番多いですしねー」
「あ、いやいや、ちょっと気になっただけなんで、気にしないで下さい」
そうですかー?と彼女は首をかしげながらも、足を進め、やっとたどり着いた石橋を渡っていく。
「しかし大きい川ですねー。セレヴィヌス川でしたっけ?こんな大きな川の上を歩いたのは、初めてかもしれません」
「でしょー!私も初めて橋を渡った時は、感動しちゃいましたよー。この川の上流にはセレファレス湖って大きな湖がありましてー、そこから流れてきてるんですよー」
「へぇ、こんな大きな川の源泉なら、やっぱり大きいんでしょうねー」
なんせ川幅が広い。距離はよく分からないが、どうやって石橋を架けたんだ、と思うくらいには広い。瀬戸内海よりは小さいと思う。そんな広さの川が、風を受けて波を立てている。
「何回か行った事ありますけど、大きいですよー。少なくとも琵琶湖よりは大きいですー」
「なるほど、それは大きいですね!」
なんというか、価値観が同じみたいで親近感が湧くな。
このご時世、VR製品の中には、VR世界に行って海外の湖を見たり、海外の川を渡る事もできるはずなのだ。そこにある湖や川は確かに偽物だ。だが、少なくとも今目の前にある川と同じぐらいには、リアリティがある。だから、大学の知り合いの中には、そういったもので比較してくる奴も少なくはない。
そういった知り合いに比べると、モモは好感が持てるなと、そう思った。
「まぁ、失礼な話だけどな。どちらに対しても」
別に、VR世界で体験した事と現実を比較する事は、悪い事でもなんでもない。むしろ、この時代では普通の事だ。ただ、俺の好みの問題なのだから。
モモは、今回の独り言は聞こえなかったらしく、楽しそうに川と、そこを走る船を眺めている。これだけの広さの川だ、渡し船などもあるのだろう。
「しかし、この橋渡るのは気持ちいいんですけどー、長いのだけが難点ですー」
こちらを振り向き、苦笑いしながら彼女が告げる。
「確かに、これは長いですね」
かれこれ10分程歩いているが、やっと対岸に到着したところである。
これは移動が大変だな。買い物に行くのも一苦労しそうだ。
「ここからはすぐですから、安心して下さいねー」
こっちの疲れた様子を見て、安心させるように告げ、
「ただ、ちょっと入り組んでるんでー、はぐれないように気をつけて下さいー」
そういうと、橋を渡ってすぐの小道に入る。
なんというか、言われないと気付かない程分かりにくい小道だ。木の陰に隠れている事もあり、何も考えず歩いていると、絶対に見過ごしてしまうだろう。
はぐれないように、モモの後ろに遅れず着いていく。
その後もいくつかの曲がり角を通り、彼女が着きました、と言った頃にはどういうルートを通ってここまで来たのか忘れてしまっていた。
「到着ですー。ここが静謐なる雫亭ですよー」
「ここですか…なんというか、まさしく冒険者の宿って感じですね」
ボキャブラリーが無いなと自分でも思うが、その建物はいかにも物語に出てきそうな、木製の宿だった。
あんなにも入り組んだ路地の奥にあるはずなのに、日当たりが良さそうで太陽の光をしっかりと浴びている。二階建てのようだが、奥にも結構な広さがあるようで、思っていたのよりもずっと大きい。
両開きの扉の横には、金属でできた、雫が水面に落ちる様を形取った看板があり、静謐なる雫亭と書かれている。
「それじゃー早速、行ってみましょうかー!」
彼女は機嫌良く宿へと入り、入口でこちらに向かって手招きをする。
ここまで来て行かないわけにもいかないし、意味もない。
俺は歩を進め、宿の中へと入っていった。