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The possible world  作者: テスター
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6話


 船がゆっくりと港に接岸していく。

 最後に大きく揺れた後、船の揺れが小さくなっていった。


「到着、だな。後はそこの階段を下りればグランポートの西区画港だ。みんな西港って呼んでるな。人混みが凄いからスリには気をつけろよ?」

「気をつけろと言っても、盗まれるようなもの何も持ってませんけど」


 おっとそうだった、と鬼灯さんは後ろ手で頭をかき、Dデバイスで誰かに連絡をする。

 すると、すぐに船員の姿をした人がリュックサックのようなものを5つ抱えて持ってきた。

 一人であの量を持ってくるとは、やるなあの船員。


「これからセントレイル大陸を開拓するお前達に選別だ。一人一個ずつ背負い袋を受け取れ。中には水袋、毛布、ナイフ、たいまつ6本に火口箱にロープ10m、そしてこの世界の通貨1000goldだ。まぁ飽くまで最低限の道具だから、足りないものは各自で買い足してくれ」


 これは、まさしくファンタジーって感じのアイテムだな。すげえ。

 中身を確認し、よく分からない感動に打ち震えていると、もう一度船員が、今度は何か丸まったものを持ってきた。


「そして、次がこいつだ。これは羊皮紙ってやつだな。更に、こいつには死亡時紛失無効の効果が付いてる。ほら、受け取れ」


 渡されるがままに受け取り、丸まったそれを広げる。

 これが羊皮紙か、初めて触るな。当たり前だけど。こんな肌触りなのか。

 それにしても、この羊皮紙何にも書かれてないぞ?


「何故こんなものに死亡時紛失無効なんて効果が付いてるんだ?」

「良い質問だ、カケル」


 つい口に出してしまった言葉を拾われ、鬼灯さんが話し出す。


「こいつに何で死亡時紛失無効の効果が付いているかだが、そんだけこれは大事だって事だな。何故なら、お前達はこいつに、この大陸の地図を描かなきゃいかんからだ」

「地図…ですか?」

「そうだ、お前達はこの大陸を開拓しに来た冒険者だからな。何を持って開拓とするかはお前達に委ねられているが、目に見える成果として地図の作成が存在するんだ。この大陸の何処に何があるかを描き込み、ある程度の量を描けたら宿の店主にでも見せろ。相応の報酬が手に入るはずだぜ」

「そんな地図なんて、今まで何度も提出されているのでは?」


 そうとも、この世界に今何万人の冒険者が居るか知らないが、そんな地図なんて、ごまんと提出されているだろう。

 そして、良くある質問なのだろう。鬼灯さんは慣れた口調で説明を続ける。


「勿論、地図は何万枚と提出されている。だが、ここは未開の大陸だからな。情報はあればあるだけ良い。たとえ同じ内容の地図だったとしても、情報が多ければ、地図の情報自体の信憑性が増すから意味があるし、時間がたてば土地に何か変化があって、違う内容が描かれることもあるかもしれないからな。最も、その場合はその情報が正しいかチェックが入り、違った場合は罰金、という事にもなる。描くからには正確に描いてくれよ?」


 そして、と言いながら鬼灯さんはDデバイスを操作した。

 そのすぐ後、俺のDデバイスがデータの受信を知らせる。

 Dデバイスを起動し、データを開くと、そこには俺の顔と名前、そして番号が書かれたカードのようなものが映し出された。


「そいつが最後だ。それは冒険者達に配られるカード、身分証のようなものだな。地図を提出する時や、クエストを受ける時などはそいつを提示しないと駄目だからな。あとは、フレンドになりたい場合はそのデータを送り合えばなれるぜ」


 なるほど、大事なものだな。

 Dデバイス内に保存されているようなので、無くす事もない。また、キャラクターを詐称しても、こいつを出せと言われれば速攻でばれるわけだ。


「さて、長くなっちまったな。これで本当に最後だ。そんじゃお前ら、この世界を楽しんでこい!そうすりゃまた会う事もあるだろうぜ。じゃあな!」


 鬼灯さんは大きく手を振ると、船の中へと消えていった。


「あなたは行かないの?」


 鬼灯さんが消えていく様子を眺めていると、声をかけられた。

 声の方を見ると、フランベルが一人だけ立っており、他の人達は居ない。

 どうやら先に降りたみたいだな。


「勿論行くさ。君こそ行かないのか?」

「あなたがぼうっと突っ立ってるから、どうしたのかと思っただけよ。それじゃ、私も行くわ。縁があればよろしく」


 そう言って、軽く手を振りながら颯爽と彼女は船を降りていった。

 降りた先は人が溢れかえっており、小人の彼女はすぐに見えなくなった。


「つーか、なんだありゃ」


 人の海、そうとしか表現できないほど人が溢れている。たとえるならあれだ、大学のサークル勧誘みたいな。

 船を下りる階段の半ばまで来て、俺はそのたとえが間違ってなかった事を悟った。


「こちら星空の宿!新人冒険者には特別に宿代3割引!3割引を行っております!是非宿には星空の宿を!」

「潮風の燕亭、潮風の燕亭です!新人向けのクエスト、山盛り用意してます!どうぞ潮風の燕亭にお越し下さいませ!」

「ギルド、クロスウィンドは初心者募集中!君たちもみんなで仲良く冒険の旅に出よう!加入者には低ランクスキルデータがもらえるキャンペーン中です!」

「初心者の皆さん、冒険に不安は御座いませんか!?もしどうしたらいいか分からなくなった時は、グランポート冒険者学校へお越し下さい!懇切丁寧にお教えいたします!今なら入学費無料ですよ!」

「お!あの小人可愛いぞ!今日はランクが高い子が多いな!全員撮れ!シャッターチャンスを逃すなよ!」

「「「「「おぉー!!」」」」」


 …最後は何かおかしい気もするが、とにかく大学の新歓時期と大差ないな。

 前後を見れば、何処にいたのか新規の冒険者達が列をなしているし、横を見れば別の船からも人が降りてきている。向こうの船の方の勧誘は英語が聞こえる。あっちは響きからしてドイツ語?どうやら船によって国が違うみたいだな。

 よく考えれば乗っていた奴らはみんな日本語しゃべってた。見た目外国人な奴らばっかだったけど。

 ぱっと見日本の新規冒険者が一番多い気がするな。やっぱ夏休みが始まったばかりで、新規加入が多いのかもしれない。

 やっとの事で船から降りると、案の定人にもみくちゃにされる。

 こういうのは苦手なんだ…さっさと逃げるに限る。

 荷物を盗まれないよう、背負い袋をしっかりと抱え、急ぎ足で人混みを縫っていく。


「ふぅ、やっと出られたか…」


 しばらくして、何とか人混みから脱出する事に成功。

 しかし、格好から初心者バレバレの俺がこんな所にいたら、速攻で勧誘の餌食だろう。急いで逃げるとするか。


「さて、道はどこだ…っと?」


 辺りを見回すと、人だかりから一歩離れたところで女の子が勧誘のようなものをしていた。

 なぜようなものかと言えば、


「あのー、えっと、新人のみなさーん、宿泊に静謐なる雫亭はいかがですかー?その、良いところですよー」


 片手を上げ、精一杯声を出しているようだが、あまり効果は上がっていないようだ。


「ほんとに良いところですよー。それから、あと、とっても靜かですよー。あっ、料理もとても美味しいですよー」


 その場で背伸びをしながら何度も声かけしているが、あの呼び文句では成果は上がらないだろう。というかもっとセールスポイントは無いのだろうか。いや、料理が美味しいってのは心惹かれるけど。

 しばらくして、どうやら諦めたらしく、とぼとぼとこちらに向かい歩いてくる。

 どう見ても落ち込んでるなー。

 と、ぼうっと見てるうちに彼女が目の前まで来てしまった。

 向こうも前に誰かいるのに気付いたらしく、顔をあげてこちらを見る。


「あー!その格好ですけど、もしかして新人さんですかー?」

「ええ、そうですけど…」

「やっぱりそうですよねー!もう冒険者の宿は決まってますか-?」


 今が勧誘のチャンスとみたか、顔がキラキラと輝いてこちらを見てくる。

 これまた美人と言っていい人だ。まぁそうはいってもここまで会ってきた人達も、今そこらを歩いている人達もみんな美人なのだが。さすがVR世界。

 腰まである長いウェーブのある髪の色は金、おっとりとした、たれ目の瞳の色は翡翠に輝き、小さめの口は奥ゆかしさを感じさせる。服装は白と黒を基調とした、ロングスカートのシックなウェイトレス姿。身長は俺の鼻ぐらいの高さで、しっかり出るところが出たその姿はフランベルとは大違いだ。ぱっと見た感じ獣っぽくもないし、耳も細くないのでおそらく人間種族だろう。


「あのー、やっぱりもう決まっちゃってますかー?」

「あ、いえいえ、まだ決まってませんけど」

「なら是非、ウチの宿に来ませんか-?良いとこですよー」


 さて、どうしたものか。これは所謂捕まってしまった状態だな。

 しかし、降りてすぐなものだからあまり状況がつかめてないんだよな。

 勧誘されてるってのは分かるんだが、ギルドとかならともかく、何で冒険者の宿が勧誘をするんだ?


「あの、宿に行く前にですね、何故冒険者の宿が勧誘してくるのか教えて貰って良いですか?」

「あー、そう言えば初心者さんはそう言った事も知りませんものねー。私も去年はよく分からず右往左往したものですよー」


 分かる分かる、と彼女は首を大きく振りながら、


「実はですねー、冒険者の宿には2通りありましてー、WCDが直接運営してる宿と私達冒険者が独自で運営してる宿があるんですよー。それで、冒険者が運営してる宿は、家賃とか稼ぐために、必死で勧誘してるんですー」

「冒険者が宿を経営してるんですか?」

「はいー、このゲームは色んな事ができますからねー。私が今してるのも、私が泊まってる宿のアルバイトですしー、何も戦うだけのゲームじゃ無いんですよー」


 なるほど、あそこで宣伝してたのは、冒険者が運営してる宿の人達だったのか。

 鬼灯さんに聞いた話じゃ、冒険者の宿でクエスト選んだりスキルインストールするみたいだし、かなり重要みたいだからな。それを商売にできるならかなり儲けられるんだろう。その分同業者も多いってわけだ。


「冒険者の宿は重要ですよー。店によって受けられるクエストに偏りが出ますしー、大概は同じ店の人とパーティ組む事が多いですからねー」

「なるほど、それは大事ですね」

「でしょー。ですから、是非ウチの宿に来ませんかー?」


 来て来てーっと言った、輝かんばかりの笑顔でこちらを誘ってくる彼女。

 その笑顔は非常に魅力的なのだが、こればっかりはそう簡単には決められないだろう。

 

「普通の人は、ネットで宿を決めてから来るんだろうな…」

「そうですねー、普通はそうかもしれませんー。」


 おっと、つい口に出してしまった。

 しかし、独り言に普通に返答を返してくるとは、この人やるな。

 まぁ、ともかくは情報、かな。


「えっと、とりあえずあなたの言う宿の事、教えて貰って良いですか?」

「あ、はいー。私の居る宿は、静謐なる雫亭と言いましてねー、宿主さんは寡黙だけどいい人でー、店も靜かで落ち着いた雰囲気ですしー、料理も美味しくてとっても良いところですよー」


 ここぞとばかりに勢い込んで、身振り手振りでどれだけ良いところか紹介してくれる。

 してくれるのだが、しかし。


「あの、靜かで落ち着いているのは良いんですが、それって利用してる冒険者の方が少ないって分けじゃ…無いですよね?」

「…いやー、そんな事…あるかもしれませんねー。はい、すいません、そうなんですー…」


 一気に落ちこみ、下を向いてしまう彼女。

 しまった…どうやら痛いところを突いてしまったようだ。


「でも、ほんとに良いところなんですー。それだけは嘘じゃないんですよー…」

「あ、あの、すいません、失礼な事言ってしまって」


 良いんですよー、と彼女は力なく首を振り、


「ほんとの事ですからねー。それに、最初なら活気のあるところに泊まるべきなんですー。何をするにせよ、人がいるってのは大事ですからねー」


 お時間取らせてごめんなさいー、と彼女はお辞儀して、去っていこうとする。

 その後ろ姿が、あまりにも淋しそうだったからだろうか、いや、そんな格好いい理由じゃない。

 そんな姿を見て声をかけてしまうくらいには、俺も男だったってこと何だろう。


「あの!」

「何ですかー。評判の良い宿は、私知りませんよー?」

「いや、そうじゃなくてですね…」


 くそ、恥ずかしいな。

 俺は後ろ手で頭をかきながら、精一杯さりげない風を装いつつ彼女に告げた。


「案内してくれませんか?その…静謐なる雫亭に」


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