4話
扉を抜けた先は廊下のようだった。
左右を見ると、左は行き止まり、右には廊下が続き、扉が等間隔で並んでいる。そして突き当たりには
「階段…か」
どうするべきなのか、と考えていると、階段の方から声が聞こえてきた。
「おい、そこのお前!もうすぐ訓練が始まるぞ。さっさと上がってこい!」
訓練?どういう事だろうか…少し思いにふけり、答えを得る。
これはおそらくだが、もうゲームが始まっているのだろう。
確かゲームは冒険者が大陸に着くところから始まったはずだ。つまり訓練とは大陸に着く前のゲーム説明のことなのだろう。
「さてさて、どんな訓練が待っているのかね」
顔に笑みを浮かべながら、足を声がした方へと進めていく。
階段を上り、目の前にあった少し変わった扉を開ける。
まず目に入ったのは青い色。そして特徴的な匂い。
「海…だって?」
そして気付く。今自分が出てきたところが船の甲板だったという事に。
「おかしい…揺れなんて感じなかったし、今も感じないぞ?」
「それはだな、揺れると訓練の邪魔だからだ」
振り向くと、先程の声の主がいた。
筋骨隆々とはこういう人の事をいうのだろう。がっしりとした体つきがタンクトップと短パン越しにでもよく分かる。
太い眉と鋭い目は威圧感を感じさせ、俺よりも頭1つ大きい身体も相まって結構怖い。
「良く来たな、新たな冒険者よ。名前はカケルであっているな?」
ニヤリ、としか言い様のない顔つきで笑う男。うん、かなり怖い。
「おい!あっているのか!?」
「は、はい!あってます!」
よしよし、と満足そうな顔つきで頷くと、こっちへ来いと手招きされる。
逆らうのはまずいと本能が感じ、男について行くと、さっきまで気付かなかったが数人の人影があった。
人ではあるが、人間ではなかった。
おそらく獣人だろう人が2人、あとは妖精人が1人に小人が1人。
「って小人?」
そう、小さな身体にとがった耳は、先程山桜さんに見せて貰った小人の姿に似ていた。勿論各部が違うがそれは微々たる差でしかない。
なる人はまれだと聞いていたが、こんなに早く見る事ができるとは。
銀髪の髪をポニーテールでまとめ、凛とした顔立ちと力強い目つきは綺麗の前に格好いいと言いたくなる。最も、身長はかなり小さいわけだが。体つきからは男か女か判別はできない。
「何よ、人の事じろじろ見て。そんなに珍しい?」
どうやらマジマジと見てしまっていたらしい。小人の人からジト目で見られてしまった。
急いで手を振り何でもないとアピール。
しかし、声からすると女性だろうか。ソプラノの良く通る声だ。いや、もしかしたら声変わりしてない中学生かも。この身長は大体それぐらいの歳だろう。
更に小人が何か言おうとした時、さっきの男が声を発したのでそちらを向く。
助かった。
「さて、今回はお前達5人が同じタイミングでキャラメイクを終えたので、一緒に訓練させて貰う。俺はインストラクターの鬼灯だ、よろしくな」
右手を握り、親指を立ててのサムズアップ。はっきり言って見るのは初めてに近いポーズだ。
他の人達も何も言わずに鬼灯の方を見ているだけだ。気まずい。
うぉっほん、と大きく咳払いをし、鬼灯は話し始めた。
「これから、お前達に大陸を開拓する上で必要な事を教えてやる。向こうでのたれ死にしたくなかったらしっかりと聞いておけ。更に今回は少しなら質問にも答えてやれるぞ」
「今回はってどういう事ですか?」
あの外見に全く怯えず小人が質問する。
いやまぁ話し方はそんなに怖くなかったけど、あの外見だからなぁ…
「いい質問だ。まぁ気付いてると思うが、俺はNPCじゃない。所謂GMってやつだな。ふつう訓練はNPCが個々人に行うんだが、たまにGMが行う時があってな。それが今回ってわけだ。運が良いぞお前達!」
がはは、と豪快に笑う鬼灯。しかしGMだったのか。そりゃそうか、NPCにしては動きが細かいと思ったんだ。…他のゲームのNPCがどんなもんか知らないが。
小人も納得したのか、分かりましたといって下がった。他の人達もGMが教えてくれると分かってテンションが上がっているようだ。
では始めるぞ、と鬼灯が説明を始める。
「まず分かってると思うが、お前達冒険者の目的はこの船が向かっている大陸、セントレイル大陸の開拓だ。しかし、あの大陸はまだまだ未開の土地ばかりであり、開拓された場所も完全に安全とはいえない。野生の獣たちが襲いかかってくる事もあるし、森はお前達が思っている以上に迷いやすい天然のダンジョンだ。そしてお前達が見た事もないモンスター、亜人どもや食人植物など危険が溢れかえっている。だから!ここで最低限、身を守るための方法をお前達に教えておく」
彼はゲームの事とは思えない程真剣に話し始めた。
彼の放つ威圧感と雰囲気に、自然と皆話を真面目に聞き始める。なるほど、ゲームの説明をここまで真面目に聞かせられるんだから、この人はきっと説明がとても上手いに違いない。
俺も他の人達同様、説明に聞き入る事にした。
皆の雰囲気を感じとったか、鬼灯は、いや、鬼灯さんはまたニヤリと笑った。
「まぁ、そこまで堅くなるな。しかし、真面目に聞いておけ。そうすればきっとお前達はこの世界を楽しむ事ができる。俺の同僚がよく言っているが、お前達にとって忘れられない世界になるさ、ここはな」
さっき同じ言葉を聞いた気がする。なるほど、山桜さんもGMだし鬼灯さんと同僚なのだろう。
「さて、さっきもいったがこの世界は危険が山程ある。それに対してお前達は素人だ。中には素人じゃない奴もいるかもしれんが、基本的に素人だろう。そんな素人がこの世界で生きていくにはどうすればいいかだが、1番大事な事はこれだ」
一息ためを作って彼は言う。
「頑張れ」
揺れないはずの船が揺れた気がした。
周りを見ると誰も彼もが呆れたような顔をしている。曰く、何言ってんだこいつ、と。
その様子を見ても彼は全く動揺せず話を続ける。
「お前ら全員、何言ってんだこいつとでも言いたげだな。そう思うのはよく分かる。今のは心構えの問題だが…この世界を楽しむ上で一番大事なことだ。覚えとけよ」
頑張れ、か。
そんなものは何にだって言える事だ。どんなゲームだってそうだし、現実が一番頑張らなきゃいけない。そんな、何処にでもある言葉が頑張れ、だ。
ふと、隣の小人が何か言った気がしたが、横を見ても特に何もなさそうだった。
「とはいえ、頑張れだけじゃ物足りないだろうからな。ここは1つこの世界のやり方を見せてやろう。おい、そこのお前!」
「俺、ですか?」
「そうだ、お前だ。ちょっとこっちに来い」
いきなりの指名に困惑しつつ前へ出る。
次の瞬間、俺の目と鼻の先に鬼灯さんの拳があった。
「…っ?」
何もできず、拳が目の前に来てからやっと動こうとする。拳のせいかは分からないが、顔にかすかな風が当たっていた。
早い。見る事はできても動く事はできなかった。
想定してなかったせいもあるだろう、だが、仮に来るのが分かっていたとしても反応出来るだろうか。
あいにくと俺は素手での喧嘩なんてした事がない。いきなり殴りかかられても、どうすればいいか全く分からない。
「っとまぁ、今のお前達だとこうなる。いや、喧嘩なれしてる奴はもうチョイと動くがな?普通に生活してたら今のパンチには棒立ちになるしかないわな」
「はぁ…そうですか」
フォローされてるんだろうが、後ろの人達の視線が怖い。
恥ずかしくて振り向けないぞ、畜生。
「普通に生活してたら、今のパンチに出会う事はそう無い。だが、ここではそうじゃない。野生の獣は今ぐらいの攻撃なら普通にしてくる。それじゃあお前らはどうすればいいのか、おとなしくやられるしかないのか。そんな不可能を可能にする方法がこの世界には存在する」
「それは…?」
いや、分かってるんだが、聞かなきゃいけないような雰囲気がしてしまってだな。
鬼灯さんは待ってましたとばかりに破顔し、答える。
「それがスキルのインストールだ!」
スキルのインストール。このゲームが今、世界中で人気である理由の最たるもの。脳内インストール型スキル制。
この部分だけはホームページでもしっかりと読んだ。
この世界で言うスキルとは現実での技能の事だ。技能とは歩くといった基礎的なものから、スポーツといった複雑なもの、とにかく無数に存在する。
今の世界はこの技能を技能データとして脳内から抽出し、別の人間の脳内にインストールする事でその技能を移し替える事ができる。よって高ランク、質の高い技能データは莫大な値段がつく。
低ランクの技能は高ランクに比べれば、頑張れば手が届く値段で取引されているが、そんなもの買っても大して旨みがないので、脳内インストールを経験した事がある人間は珍しい部類に入るだろう。
「さぁ、こいつをくれてやる。早速やってみろ!」
そういって鬼灯は右手の黒い、手枷のようなDデバイスを起動し操作する。
すると俺のDデバイスにデータが送られてきた。
右手を振り画面を開く。
<鬼灯からデータを受信しました>
<スキルデータ『回避』:ランク1が存在します>
<インストールしますか?>
<Yes/No>
技能のインストール…いつか絶対にしてやると誓った。その為にバイト漬けの青春を過ごした。それが、
今目の前にある。
ランク1、大したものじゃない、だが…
<『回避』:ランク1をインストールします>
――風鈴の音が、聞こえた。
視界が、暗くなった、気がした。
…何かあったか?
「おう、目が覚めたな」
目の前には、さっきと変わらず鬼灯さんの姿がある。
何も変わってない?
「あの、今一瞬目の前が…」
「あぁ、お前は今5分間眠っていたからな」
「眠っていた…?」
そうだ、と鬼灯はうなずき。
「スキルデータをインストールする際、ランク×5分間眠る事になる。寝ている間にスキルをインストールするわけだ。だからほら、後ろを見てみろ」
言われて振り返ると、そこには立ったまま目を閉じている他の4人の姿があった。
いや、なんて言うか、凄い無気味だ。
あ、しかし小人の寝顔は凄い可愛いな。さっきまで強気な感じの顔だったからギャップらしきものが。立ったままでなければ、尚良かったんだが。
っと、あんまり寝顔を見るのは良くないな。
「しかし、そうならそうと言って欲しかったんですが」
「いや、言わない方が面白いかと思ってな。実際ビックリしただろう?」
その言葉と同時に、鬼灯さんが右の拳を放つ。
見える、と同時に今度は身体が動いた。自然に左足で地面を蹴って右へ。
拳は俺の顔のすぐ横を、風圧を感じさせながら通り過ぎていく。
「って寸止めじゃないんですか!?」
「いや、避けられるはずだから良いかと思ってな」
「そりゃ避けられましたけど!…って、え?」
避けた。今自分は確かに避けた。
それだけじゃない、どう良ければいいかが頭の中にあり、俺の身体がそれをしっかりと再現していた。ごく自然に。
「これが…スキルのインストール?」
「そうだ。そして、それこそがこの世界を生きていく際に活用出来る、便利な道具ってわけだ」
何度目か分からないニヤリ顔に、更に自慢げな顔を足して鬼灯さんは笑った。