3話
「人間で良かったんですか?」
こちらを見ていた山桜さんが声をかけてくる。
「ええ、そもそもゲームの内容もあまり調べてませんし、それならできる事が多い方が良いかと思いまして」
それに元々長く続けるつもりではないのだ。あくまで夏休み中の暇つぶし。ついでに儲けられたらラッキーといったところだろう。
そんな事よりも気になる事がある。
「あの、付き合っていただいてありがたいんですが、良いんですか?」
「あぁ、大丈夫ですよ。今丁度昼休みなので」
「その、余計に申し訳ないんですが…」
まさか昼休みだったとは。
時計を見れば確かにそんな時間だ。しかしこれ以上付き合わせるのはさすがに申し訳ない。
「あの、ここから先は一人でやりますので、大丈夫ですよ」
こちらの言葉を聞いた彼女は、少し考えるそぶりをした後こちらにほほえんだ。
「折角なのでキャラメイクだけでもおつきあいしますよ。これも御仕事ですから、気にしないで下さい」
美人が笑うと破壊力がでかいが、仕事だからと聞いて少し冷静になれた。
そう、向こうも仕事だ。月額1万円はでかい。どうせなら向こうだって長く続けて貰いたいものだろう。
「ではお言葉に甘えて…次は外見ですか」
<外見を決定します>
<髪型を指定して下さい>
Dデバイス画面には、新しい文字と共に無数のサンプル画像が浮かんでいた。
「さっきプレイヤーとキャラクターに身体能力の差はないって言ってましたけど、外見とかは変えても良いんですか?」
「はい、勿論そのままでも大丈夫ですけど、やはり仮想現実ですから、普段とは違う自分になりたい方が多いですしね。身長と体重は変えられませんが、髪型や顔、髪や目、肌の色とかも変えられますし、外見だけでもがっしりさせたりとかもできますよ」
なるほど、外見を変えるだけなら自由自在というわけだ。
しかし、そこまで変える事ができるんだな。VR世界では違う自分になる事ができるとは聞いていたが、今までそう言うサービスは受けた事がなかったし。
「あれです、別のサービスで使ってるアバターがあれば、それを使う事もできますよ?」
「残念ながら持ってないんですよね。しかしこれ1から考えるのはめんどくさいですよね…」
「一応そういう人のためにサンプルアバターがありますけど」
そういって彼女が指し示した部分には完成されたキャラクターが何人も並んでいるが。
「どれも俳優みたいな奴ばっかりだな…」
一般的に格好いいといわれるような容姿ばかりだ。
この中から選ぶのもなんだかためらわれるな。
そこからいくつか適当に作ってみたものの、これというものができない。
山桜さんも側でニコニコと笑ってくれているが、若干呆れ気味のご様子だ。
10回目のキャラをデリートしたところで決心をする。もうめんどくさいしいいや。
画面をスクロールし、変更無しのボタンを押す。
<外見の変更無しを撰択>
<最終確認へと移行します>
「良いんですか?もしかして私急かしてしまったでしょうか?」
驚きながら山椿さんがこちらへ話しかけてくる。
申し訳なさそうな顔を見てるとこっちの方が申し訳なくなってしまう。
実際にこっちが面倒くさくなっただけだ。
「いや、そんな事ありませんよ。現実そのままの人って珍しいんじゃないかなと思ってやっただけですから」
そういえば、話をそらすついでに気になってた事でも聞いてみるか。
「あの、このキャラメイクって別に現実世界でもできますよね?何でわざわざこっちでやるんですか?」
現実世界でやっていれば恥を掻く事も、山桜さんに迷惑をかける事も無かったろうに。
まぁこんな美人と話せたのはラッキーだったけど。
あぁ、それはですね、と彼女は笑顔になって話し始める。
「もう少ししたら分かりますよ」
曰くありげに微笑んでくる彼女。しかしこの人は笑顔が似合うな…と!?
突如身体が輝きだし、視界が白く染まる。
「何だってんだ!?」
地味に焦ってしまったが、光は一瞬で収まった。一体何が?
「あちらをどうぞ」
彼女の手が向かう先には、さっき見た鏡が…っておぉ。
「姿が…変わってる!」
といってもキャラメイクで外見を変えなかったので、殆ど変わりはない。
服が17世紀のヨーロッパみたいな布の服に、革の靴へと変わっていて、ぶっちゃけかなり似合ってない。
あとはDデバイスが消えている。いや手首に1つだけになっている。
「なるほど、まぁVR世界でVRダイブする事は無いし、手首のデバイスだけで十分だよな」
「なんだかあまり驚いてませんね…」
まぁ、こんだけ変化がなければ驚きはしない。
しかし、彼女がさっき言っていた事が分かった。
「つまり、これが最終確認で、実際に外見を変えていやだったらやり直せる、と」
「ええ、試着ならぬ試アバターってやつですね!」
上手い事言ったといわんばかりに自慢げな顔を見せてくる。
…何を言えばいいか分からない。
彼女もそれに気付いたのか、一度咳払いをするとこちらを見る。
「それで、どうですか?今ならまだ変更可能ですよ」
もう一度、鏡で自分の姿を見る。
やはり服が壊滅的に似合ってない気がするが…
「あの、ゲーム内には和服とかあるんですか?」
「え?どうですかね…あるんじゃないでしょうか。無くても誰かが作ってそうですし」
作るってのがどういう事かは分からないが、おそらくゲーム内で自由に服が作れるのかもしれない。
まぁ似合って無い気がするといっても飽くまで気がするだけ…大丈夫だろう、きっと。
心を決めてデバイス画面を操作する。
<最終確認>
<キャラクター外見はこれでよろしいですか?>
<Yes/No>
Yesを押すと、また画面が切り替わる。
<キャラクター外見の作成を完了しました>
<最後にキャラクター名を入力して下さい>
むむ、名前か…どうするかな。
「ハンドルネームとか持ってないんですか?」
山桜さんが悩み始めたこちらを見て、訪ねてくる。
ハンドルネーム、持ってないな。
ううむ…今までで一番悩んでる気がするぞ?
「思いつかない時は自分の名前をもじってみたらどうですか?」
「名前をもじる…ですか」
「ええ、自分の名前を使うとキャラに愛着が持てますから、かなりオススメですよ!」
そういう物だろうか?むしろ恥ずかしい気もするのだが。
「じゃあ山桜さんも?」
「あ、いや私の場合は合ってるような合ってないような…」
もごもごと口ごもってしまった。どうしたんだろうか?
まぁしかし、ここまで付き合って貰った山桜さんのお薦めだ、名前をもじってみるとすると…
うん、これでいくとしよう。
<キャラクター名入力>
<カケル>
我ながら安直だ。翔一の翔をかな読みしてかける。
だがまぁ、安直ながら良い感じなんじゃないか?
「カケルですか、格好いいお名前ですね」
そういって微笑まれると、お世辞と分かっていても照れてしまう。
照れ隠しに画面を弄り、名前の確認も完了させる。
<これでキャラクター作成は終了です>
<お疲れ様でした>
<続けてゲームの簡単な説明を行います>
<扉を開け部屋から出て、外の者の指示に従って下さい>
これでやっとキャラ作成が終わったわけか…長かったな。
「お疲れ様でした」
山桜さんの方を見やると、彼女が会釈をして言った。
「私も昼休みが終わるので、そろそろおいとまさせてもらいます。次の説明はとても大事ですからしっかり聞いて下さいね?」
「あ、その、色々と教えて貰ってありがとう御座いました!」
あわててこちらも会釈すると、彼女は笑って手を振った。
「それではThe possible worldをお楽しみください。この世界はただのゲームですが、きっとあなたにとって忘れられない世界になる事でしょう。それだけの価値があると自負してますから」
ではまた会いましょう、といって彼女は光に包まれ消えていった。
おそらくログアウトしたのだろう。
初っぱなから色々と大変だが、しかしやる気はまったく減っていない。
「それどころか、どんどん溢れてきてる」
ほんの少しとはいえゲームの情報を聞いた。たったそれだけなのにワクワクしてくる。
「こんな気持ち、随分と忘れてたな」
何時以来だろう。きっと中学のあの時以来だ。
山桜さんが最後に言った言葉が頭に響く。
あれは本当だろうか。さすがにただの宣伝だろう。けれども、
「本当であればいい。あれだけ自信満々だったんだ、期待させてもらうぜ?」
誰に言うでもなく言葉を口に出し、俺は部屋の扉をゆっくりと開けていった。