表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The possible world  作者: テスター
16/17

15話


「あ、あった…」


 枝分かれした川を見つけ、そこを辿った先には先の泉と同じような泉が確かに存在していた。

 駆け寄って小躍りしたいものだが、あいにく疲れてそんな気分にはなれない。

 なにせ、ここまで来る間にモンスターに襲われ続けたのだ。

 最初の鷹はそれっきりだったものの、おなじみカーネイア・ハウンドや、大型の蛇、挙げ句の果てに巨大なムカデまで出てきたのだ。

 幸い鷹程つらい戦いにはならなかったが、体力は極限まで消耗していた。


「ま、死ななかったんだから良いんだけどさ」


 実際複数に襲われていたら危なかった。

 単体でもきつかったのだ。

 昨日買ったばかりの鎧には傷跡まみれになってしまった。

 身体にも痛みがまとわりついて離れない。


「ログアウトしたらちゃんと消えるんだろうな?」


 腕をさすりながら、泉へと向かう。

 ここまで来たんだ、何としても青空草を手に入れなくては。


「遅かったな、Beginer」

「んなっ」


 意気込み、泉の側へと向かう途中で声をかけられる。

 そちらを向けば、そこには涼しげな顔をした白髪の獣人がいた。

 レオナルドだ。

 そしてその手には紺色の草が握られていた。


「お前、それは…」

「あぁ、Blue sky grassだ。そこに生えていたのを今採ったところさ。お前が来たのは無駄だったって事だな」


 鼻を鳴らし、こちらを得意げに見てくるレオナルド。

 遅かったか…


「ま、ここまで来るなんてBeginerにしては良くやったよ。結果的には無意味だったわけだけどよ」

「…」


 無言でその場に屈み、近くに生えていた青空草を採る。

 別に先に採ろうが後に採ろうが、採る事は決めていたのだから関係無い。

 どちらにせよ、リスさんに採ってくると約束したのだから。

 とはいえ。

 そう、とはいえ、悔しいよなぁ。

 やるからには、こいつの鼻を明かしてやりたかったんだが。


「おいおい、そう落ち込むなよ。ここまで来るなんざ十分凄いんだぜ?」

「そんな顔して慰められてもちっとも嬉しくないね」

「そーかい」


 積み終わった青空草を背負い袋へとしまう。

 色々と思うところはあるが、とりあえずこれで目的の物は手に入れた。

 デバイスを開き時間を確認する。


「15時半過ぎ、か」

「そうだな。まぁ予定より長引いちまったが、十分今日中に戻れる時間だろうよ」

「あ? あぁ、そうだな」


 こちらの独り言に反応するとは。

 驚き奴の方を見れば、今までとはうってかわって上機嫌な様子。

 これまでは不機嫌そうな顔しか見ていなかったが、こうやってみると違った印象を受ける。

 最初からこれなら道中ももう少し気分良く来れたんだが。


「? 何だよ?」

「別に。何でもないさ」


 少なくとも、帰りはギスギスしたような事にはならないだろう。

 そう思い、帰ろうとした俺の肩を奴が掴む。


「何だよ? もう青空草も手に入れたんだ。さっさと帰ろうぜ」

「Shut up」


 さっきまで機嫌良さそうにしていた顔は、元の不機嫌そうな顔に戻っていた。

 何だってんだ。


「おい」

「黙れと言ったんだ。分からなかったのか?」


 そういってレオナルドは周囲を見回す。

 俺も釣られて周囲を見る。

 その時、何か音が聞こえた。

 草を掻き分ける音。

 ここまで来るのに何回も聞いた。

 敵だ。


「くそ、マジかよ…」


 正直戦える程の体力は残ってないが、そうも言ってられないだろう。

 木刀を構え、音の出所を探る。

 すると、一際大きな音共に何かが草むらから出てくる。

 こちらが気付いたのに向こうも気付いたのだろうか。

 そしてその姿を見てレオナルドが呻く。


「Shit! Oh,my God!!」

「おい、何だっていうんだ? いや、見てやばいのは分かるが」


 それは虎だ。

 黄色に黒の縞柄の毛皮。

 鋭く、白く光り輝いた爪と牙。

 体長は2m近くあるんじゃ無いだろうか。

 姿勢を低くし、唸りながらこちらを威嚇している。


「あいつはCarnair Tiger…この界隈のBossだ。なんてついてない」

「ボスって…あれがか。2人がかりで何とかなるか?」

「なるわけ無いだろうが! Bossってのはそう生やさしいものじゃねぇ! 平均10ランクの4人パーティでやっと勝てるぐらいだ」

「じゃあどうする? 死んだらアイテム全部無くなるんだろ? そうなったら今日中にまたここに来るのはのは無理だ。…逃げるか?」


 そういって後ずさると、向こうも即座に距離を縮めてくる。

 よく見ればさっきよりも間合いが近い。

 くそ、気付かなかった…こいつはやばい。


「逃げるのは無理だ。お前野生のTigerから走って逃げられるのか?」

「そんなもの…やった事はないが無理だろうよ」

「だろうな…ちっ、仕方ないか」


 レオナルドは俺の前に出て、後ろ手で俺を追い払うように手を振る。


「おい、どういうつもりだ?」

「2人とも死んだらBlue sky grassを届けられないだろーが。俺がこいつの足止めしとくからさっさと行け」

「なっ!? 馬鹿言うな! お前にそんな事をしてもらう義理はない!」

「わかんねぇ奴だな。お前じゃこいつの足止めも出来ねぇって言ってんだよ。いいか、一番大事なのはそいつをちゃんと届ける事だ。分かったら行け」


 そういうとレオナルドは構えをとり、虎とのにらみ合いを始める。

 それを見ても、俺はまだ動けなかった。

 こいつの言っている事は間違ってない。

 俺がここに残っても大したことはできないだろうし、青空草を届ける事が第一というのも正しい。


「何してる! 行けって言ってるだろ! Go!! Hurry up!!」


 その言葉を聞き、俺は虎に背を向け走り出す。

 そうだ、今大事なのはどちらか1人でも生き残る事。

 だから行くんだ。

 後ろを見ずに走る。

 感情は納得していないが、理性は納得している。

 それに、これはゲームなのだ。

 確かに死んだらペナルティはあるかもしれない。

 だが、所詮はアイテムロスト。深刻になるような事じゃない。

 まぁそのアイテムロストゆえに死ねないわけだが、それでも現実にそこまで影響は与えないはずだ。

 それならば、足止めの犠牲など構わないではないか。

 そんなことを考えて虎からこちらが見えなくなったであろう所まで来た時、激しい音が聞こえてきた。


「…始まったのか」


 音からはどちらが優勢かは分からない。

 だが、さっきのレオナルドの言葉からも、どちらが優勢かは想像に難くない。

 足を止めるわけにはいかない。

 あいつがやられた時、近くにいたら終わりなのだ。

 そう思い、速度をあげようとした時、声が聞こえた。

 男の、苦悶したような声だ。

 それを聞いて、足が止まる。


「良いのか、これで」


 死んでも所詮はゲームだ。

 ペナルティはアイテムロストだけだと、さっきもそう思ったではないか。

 なのに何故こんなにも迷うのだろう?


「…そうか」


 あいつが死ぬ事が問題なんじゃない。

 あいつを見捨てる俺の行動を俺自身が許せないでいるのだ。

 たとえゲームだとしても、あいつを見捨てたという事は変わらないのだから。

 そう思ったら、自然と足が動いていた。

 さっきまでと逆の方向へとだ。

 我ながら厄介な性格をしていると思う。

 こんな事をしてもあいつは怒るだけだろうし、リスさんにも迷惑をかける事になるだろう。

 それでも、俺には通したい意地がある。


「Fuck'in Tiger! Eat this!!」


 泉へと戻れば、そこではレオナルドと虎が戦っている。

 虎は素早い動きでレオナルドを翻弄し、隙を見つけては爪で切り裂こうとする。

 それをレオナルドは紙一重で避け、カウンターで蹴りを放つ。

 だがそれも大したダメージにはならないようで、少し下がり顔を前足で撫でる虎はまだまだ元気そうだった。

 それに比べレオナルドは酷い。

 背中には爪で引き裂かれた跡が見え、太ももにも噛まれたような跡がある。

 動きにも精彩が無く、既に息を荒くしていた。

 そして、虎も容赦なくレオナルドへと襲いかかっていく。

 まずい!


「うおおおおおお!!!!」


 虎目掛けて一気に突っ込む。

 向こうも気付いたようだが、遅い!

 右足で地面を強く踏み込み、腰をひねりながら木刀を下から上へ。

 思いきり振り抜く!


「ぜりゃあ!!」


 当たった。

 だが、手応えが浅い。

 いつの間にか虎は離れた場所でこちらを睨んでいた。

 どうやら打撃と同時に飛んでその場から離れたようだ。


「Fuck!! お前なに戻ってきてやがる!」

「うるせえ! 助けてやったってのになんだその言いぐさは!」

「なにが助けてやっただ! お前が来ても状況は何一つかわらねーんだよ! むしろ悪くなったぐらいだ!


 2人とも死んで物が届けられなくなるだけだぞ!」

「そん時は2人で謝ればいいだろ!」


 レオナルドがこちらを見る気配を感じた。

 おそらく、何言ってんだこいつ、みたいな顔でこちらを見ているのだろう。

 俺は虎から視線を外さずに言葉を続けた。


「2人で謝れば良いんだよ。元々お前一人だったら虎にやられて持ち帰れなかったんだと思えば、別に良いんじゃないか?」

「…お前、馬鹿じゃね―の」

「馬鹿で結構!」


 言葉を言い捨て、虎へと駆け寄っていく。

 下段からじゃ大したダメージにならない。

 ならば。

 走りながら上段へと移行し、間合いに入ると同時に攻撃を放つ。


「せい!!」


 早さだけなら、今までで一番と思える振り下ろしだった。

 だが、虎はあっさり避ける。

 そしてそのままこちらを爪で切り裂いてくる。

 だが、


「そうそう当たってたまるかよ!」


 身体を傾け、鎧の腕部を削られながら避ける。

 だが、即座に体制を立て直そうとする俺の視界に入ったものは、虎が反対の爪でこちらを切り裂こうとする姿だった。


「うっそだろ!」


 体制は崩れたまま、避けるのは無理だ。

 しかも爪は完全にこちらの顔面を狙っている。先程の攻撃はオトリか。

 勢い込んで出てきたのにもう終わりか。

 せめてひと思いにと思い目を瞑る。

 だが一向に衝撃は来なかった。


「全く、何のために帰って来たんだお前」


 その声に目を開けば、レオナルドが立っている。

 遠くを見れば虎が苦しそうな表情をしながら立ち上がる所だった。


「…助かったよ」


 どうやらこいつが虎を吹き飛ばしたらしい。

 助けに来といて助けられるとは情けない。

 急いで立ち上がり構え直す。

 すると、レオナルドが虎を見たまま話しかけてくる。


「こうなったらしょうがねぇ。Tigerを倒して帰るとしようじゃねーか。幸い時間はあるみたいだしな」

「…おう!」


 虎はまだまだ消耗した様子もなく、こちらを睨んで唸る。

 今の攻防を見ても力の差は歴然だ。

 だが、負けると思って戦っては勝てるものも勝てない。

 それに、こっちは一人じゃない。


「いくぞ!」

「ああ!」


 そういえば共闘するのは初めてかもしれないな。

 そんな事を思い、俺は敵へと向かっていった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ