14話
小屋を出発した後、俺とレオナルドは特に話す事もなく黙々と道を進んでいった。
まぁ名前を知ったからといって今までの行いが消えるわけでもない。
レオナルドも俺の事など気にせず歩き続けている。
しかし、まだ着かないのだろうか。
さっき休憩したおかげで体力的に余裕はできたが、そろそろ出発してから2時間になる。
聞いていた時間と随分違うような気がするんだよな。
「ったく、本当にこの道であってるのか?」
苛立ち混じりにそうつぶやくと、先を進んでいたレオナルドが立ち止まった。
聞こえたか? いや、結構前を歩いてるはずだし、別にあいつに文句を言った訳じゃないんだけど、あいつからしたら勝手について来て勝手に文句を言ってるように思うよな。
しかし、レオナルドはこちらを見もせずまた歩き出した。しかも、心なしか足取りが軽くなったように思える。
不思議に思いながら俺も歩みを再会すると、すぐに理由が分かった。
「やっと着いたって事だよな?」
長く続いた道の終着点と思わしき、草で囲まれた広場のような場所の中央にそれはあった。
池というには小さいが、水たまりとは決して言えない程大きな水場がある。その水場は一部が小さな川となって俺が来た方向とは逆の方へと流れている。
おそらくだが、目的の泉だ。
泉の水が日差しを照り返し、俺の顔へと当たる。
俺は目を細め、泉へと近づきながら泉の周囲を見やった。
そこには見た事もないような花や草が生えている。
俺が知らないだけで現実にあるような植物なのか、それともゲームオリジナルの植物なのかは分からない。
しかし、綺麗な所だ。
水はそこが見えそうな程澄んでいるし、その水を飲みに来たのか、小動物や小鳥たちの姿も見える。
そして風が気持ちいい。
吹いてくる風が俺の髪を、そこらにある草と一緒に揺らしていく。
ぼうっとしながら景色を見ていると、水を飲んでいた鳥たちが羽ばたき、空へと消えていく。
何かと思えば、レオナルドが水場の周囲を熱心に調べている。
「おっと、そうだった」
景色に見とれて失念していたが、俺は青空草を採りに来たんだったな。
急いで背負い袋から潰れた青空草を取り出す。
青空草の形はそこら辺に生えている雑草と大差ないように思える。
だが、ただ1つ強烈な自己主張をしているものがある。
色だ。
別に七色とかではない。色に分類すれば紺色だろう。
しかし、とても濃い。
紺色の絵の具を鍋で煮詰め圧縮したような、いや、本当にそんな事できるかは分からないが、とにかくそれぐらい濃い色をしている。黒に近い紺色だ。
正直これを青空草というのは結構抵抗がある。なんで青空?
それはともかくとして、急がないとレオナルドに先を越されてしまう。
泉も大きくないし、すぐに見つかるだろう。
見本を片手に泉の周囲を丹念に見て回る。
しかし、
「…ないぞ、おい」
見つからない。
もう泉の周りを一周したはずだが、特徴的な色は目に入ってこなかった。
レオナルドの方はどうなってるかと思えば、あいつも必死になって探し回っている。
確かあいつは青空草を以前採りにいった事があるとかいっていたはずだが。
「おい、お前が前に青空草採ったのもここだったのか?」
「あぁ!?」
奴はいかにも苛ついてますという表情でこちらをじろりと睨みつけてきた。
だから何で刺々しいんだと。
いや、苛ついてるのは分かるけど。
「お前、前にも採りに来た事あるんだろう? その時もここに来たのかってきいてんだよ」
「…That's right. 間違いなくここだ。そん時はすぐに見つかったからここまで探す事もなかったがな」
「じゃあ何で今は探しても探しても見つからないんだ?」
俺がそう聞くと、レオナルドは無言で何かを渡してきた。
それを受け取り見ると、それは持っていた見本にそっくりだった。
青空草だ。
「お前! これどこで!?」
「俺が以前に来た時に生えていた場所で見つけた。だがそれ1本だけだ。最近草を採った跡がたくさんあったからな、俺たちが来る前に根こそぎ持ってかれたんだろ」
「根こそぎって…ゲームなんだからすぐに生えてくるんじゃないのか?」
俺の言葉にやれやれとオーバーリアクション気味に反応する。
くそうぜぇ。
「これだからBeginerは困る。この世界の植物やMonstorのRepopは丸一日だ。今の俺たちには致命的な時間だな」
「丸一日って…それじゃ絶対に間に合わないじゃないか!」
「だから言ってるだろ、致命的だと」
リポップに丸一日。しかし、俺たちのタイムリミットは今日中。どうやっても間に合わない。
折角ここまで来たってのに。
「おい!、お前他に生えてる場所知らないのか?」
「知ってる」
「ちっ、使えねーな…って知ってるのか!?」
それなら何とかなるかもしれない。
そう思い、色めき立つ俺とは対照的に、レオナルドの表情は冷めているようだった。
その表情を見て、疑問を覚える。
そうだ、知っているなら何故そこへ向かわないのか。
「おい、何で知ってるならさっさと向かわないんだ?」
「めんどくせーからだよ。できるならここで済ませたかったんでな」
「…ならその場所教えろよ。お前が面倒なら俺が行ってくる」
「止めとけ、お前じゃ無理だ」
「何でそういえる?」
奴はこちらを見て、深々とため息をつき面倒くさげに言う。
「Blue sky grassは特に綺麗な水辺に生えている事が多い。そして、この泉の奥には同じような泉が複数存在する。ここまで言えばBeginerのお前でも分かるだろ?」
「この先にある泉を見つければそこに生えてるってことだろ? それの何が問題なんだ?」
泉ならば、ここと同じように川が流れているはず。川を見つけて上流へとたどっていけば泉に辿り着けるはずだ。
「問題はこの先が潤沢な水場の宝庫って事だ。そのせいか、この先は野生の動物たちの楽園になってる。出てくるMonstorの数も段違いだ。Beginerが入って生きて帰ってくるのは無理なんだよ。そのボーダーラインがここだ。だからこそここに生えているBlue sky grassは乱獲しないって暗黙の了解があるんだがな」
分かったら止めとけ、と奴は言う。
なるほど、ここから先はエリアが変わるとかそんな感じなのかもしれない。
そうなると俺には無理だろう。
奴の言うとおり、俺は初心者だ。
始めたのは昨日だし、現実で武道の達人だった訳でもないから戦いにはまだ慣れたともいえない。
けれど、
「行かなきゃ、手に入れるのは無理なんだろう?」
俺の言葉にレオナルドは呆れた顔でこちらを見る。
「行っても死んだら意味がねぇ。手に入れてはい終わりじゃねーんだぜ?」
「じゃあお前は行かないのか?」
「…俺は行くさ。俺の蒔いた種だからな、責任は取る」
「だろう? 俺だって同じだ」
「…勝手にしろ。忠告はした」
そういうと奴は泉から流れる川沿いに進み始めた。
ここから先は道がないようで、この川が道代わりなのだろう。
俺も荷物をまとめ、川沿いに歩いていく。
泉の広場を出たとたん、空気が変わった気がした。
何というか、空気が重い。
湿度が高くなったのか、空気がまとわりつくような感じがする。
気を紛らわすように時間を確認する。
14時37分。さっきの探索で30分程たっていたようだ。
幸い、まだ時間は十分にある。
その時、画面に影が差した。
何かと思いデバイス画面を消し上を見ると、鳥が俺目掛けて飛びかかってきていた。
「うおおお!!」
声と共に横に飛び、辛うじて避ける。
鳥はすぐさま空へと舞い上がり、こちらの頭上を周回し始める。
「あれは…鷹か? 完全に俺を狙ってやがる」
こちらも木刀を抜き、構えてはみるものの空にいては手が出せない。
しばらくすると、鷹はまた突っ込んでくる。
さっきはよく見えなかったが、足のかぎ爪を大きく広げている。あれに掴まれたら場所によっては大けがじゃすまないかもしれない。
「はっ!」
合わせて木刀を振るが、刀身が当たる前に羽ばたき避け、その後に間を置かず襲いかかってくる。
やばい。
木刀を振った勢いに任せ、頭を出来る限り低くしながら相手の下をすり抜けようとする。
「うわっ!?」
何かを引っ掻いた音と共に背中に衝撃を受け、そのまま前倒しに転ぶ。
急ぎ横に転がって視界を確保すると、左頬に一瞬の熱を感じ、次に痛みが来る。
横目で左を見ると、巨大な鷹が先ほどまで頭のあった場所をかぎ爪でえぐっていた。
ぞっとする思いを無理矢理押しとどめ、剣先で鷹を突く。
しかし、かすりはしたがダメージは無いらしく、またも空中へと飛んでいった。
「くっそ! どうすりゃいいんだよ!」
立ち上がり、頭上の鷹を思いきり睨むが、向こうは堪えた様子もなく悠々と空を飛んでいる。
このままじゃ埒があかない。
頭上を気にしながら、川沿いに走る。
気付けばレオナルドの姿がない、薄情な奴め。
走りながら地面の影を見ると、鷹は付かず離れずの状態で追ってきてるようだ。
逃げ切るのは無理だろう、それにあまり走ると別のモンスターにも見つかるかもしれない。
足を止め息を整えていると地面の影が大きくなっている。
来た。
「こんの野郎!!」
振り向きざまに左腕を大きく降る。
手応えがあった。
腕についたバックラーが上手く当たったらしい。
姿を探せば地面の上。
しかし、飛翔姿勢のように見える。
「させるかよ!」
鷹が飛び上がる前に木刀を振り下ろしぶち当てる。
鷹も飛び上がり、避けようとするが間に合わず、当たった。
鷹は地面に叩きつけられ、しばらくして光になり、あとには大きな羽と肉が落ちていた。
「…やった、か」
光になった事を確認して、俺は大きく息を吐きその場にへたり込んだ。
左頬に手を当てれば、手に赤いものがつく。
血だ。
今の敵は一歩間違えば殺されていただろう。
今生きてるのは偶然の産物だ。
「こりゃきっついな」
こんな敵ばかりだとしたら、確かに初心者が来る所じゃない。
馬鹿な事してるなと自分でも思う。
こんな無茶、絶対現実じゃしない。
そんな、絶対しないと言い切れるような事をどうしてできるんだろう?
ゲームだからだろうか?
分からない。
だが、
「面白いなぁ」
そう、面白い。
さっきまでびびっていた筈の心が、今はワクワクに変わっている。
なんだか昔に戻ったようだ。
無茶だと分かってても気にせず挑戦してた、昔に。
自然と笑顔になりながら、勢いよく立ち上がる。
さて、泉を探さなくては。
折角レオナルドとはぐれたんだ、先に見つけて帰って奴の鼻を明かしてやろう。
少し意地が悪い気もするが、きっとそれも面白い。