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The possible world  作者: テスター
14/17

13話


「こいつで…終いだ!」


 こちらへと駆けてくるカーネイア・ハウンドに合わせるように、こちらも走りながら左越しに構えた木刀を振り抜く。

 下から上にだ。

 刀身は見事に野犬の顔面にぶち当たり、衝撃で飛んだ野犬は地面で光になった。


「うん、大分慣れてきたな」


 白い犬獣人の男に指摘されてから、戦闘時に下からの攻撃も意識するようにしてみた。

 最初は上手く当てられなかったが、何回かするうちに大分コツがつかめた気がする。一応当てられるようにはなった。

 ただ、問題がない訳じゃない。

 1番の問題は威力が下がる事だ。

 やはり全力で振り下ろすのと比べると弱い。その点を何とかするために走りながらの攻撃を試しているのだが、威力は少しはマシになるが命中率は下がる。

 ここら辺は、状況に応じて使い分ける練習をしなければ駄目だろう。今はまだ身構えてからでなければ反応出来ず、使い分けはできそうにない。

 それができるようになれば、世界が少し変わる気がする。

 何というか、簡単な事だけど成長出来たような、あるいは成長出来そうな気分がとても面白い。

 悔しいがこれもあの男のおかげと男の姿を探すと、男は既に戦利品を拾い集め出発していた。


「ちっ、早いな」


 俺も戦利品を拾い集め、男と同じように出発する。

 戦利品は毛皮が1枚。まぁ敵は2体だったからこんなものだろう。

 それ以外にも、ここまで来るのに何回か戦っているため、毛皮が全部で10枚ほど背負い袋に入っている。毛皮を落とす確立は分からないが、経験的には50%ほどのような気がするので、大体20匹のカーネイア・ハウンドと戦った事になる。

 今朝方―現実ではもう夕方だったが―の狩りではあまり街から離れなかったのでカーネイア・ハウンドと戦ってもそこまでつらくはなかったのだが、今回はかなりつらい。

 なにせまだ目的地に着いてもいないのだ。

 帰り道も同じように戦う事になれば、体力が持つかどうか。


「体力、結構自信あったんだけどなぁ」


 ついこの間までやっていた引っ越しのアルバイト。

 割は良いがしんどさも折り紙付き。

 結構長くやっていた事もあって、それなりに体力は付いているつもりだった。

 けど、どうも冒険をするためにはまだまだ足りないみたいだ。

 明日から朝は走り込みでもするかな、などと思いながらDデバイスを開く。

 まず時間を確認すると、現在13時17分。大体出発してから1時間たったはずだ。

 確か、マリーとか呼ばれていた女性が、西門から1時間歩けば着くって言ってたはずなんだけど、泉らしきものはまだ見当たらない。

 こういう時地図があれば良いのだが、残念ながら俺は地図を用意していなかった。

 いや、買う事はできた。できたが、折角羊皮紙とか渡されたんだし、人が描いたものを見るより自分で書いてみたかったのだ。

 一応背負い袋には地図用の羊皮紙と、描くためのインクを用意してある。

 ぶっちゃけ絵心なんてないが、折角用意されてるんだからやらなきゃもったいない。


「もっとも、地図なんて描く暇全然ないわけだけど」


 そう、そんな暇は全然なかった。

 いや、今ここで描いても良いんだが、そうすると男に先に行かれる。

 一緒に行くつもりはないが、男に先に青空草を取られるのもなんだか癪に障るので、あまり離れたくない。

 それに、ここで描いてる最中にカーネイア・ハウンドに襲われるのは勘弁願いたい。

 この辺りも草が生い茂っている場所がいくつも見られるため、そこに隠れていてもおかしくないのだ。

 それを考えれば、とてもじゃないが地図なんて描けない。

 そして、同じ理由で休憩もできやしない。

 しんどさを感じるのはそのせいも大きいはずだ。

 休む事ができないのは思った以上にきつかった。

 パーティを組んでいれば交替で見張りながら休憩なんかもできるんだろうが、俺と前を行く男にそんな協力関係などあるわけもなく、結果休みなく歩き続ける羽目になる。襲われるのを警戒しながら、だ。


「いい加減休まないときついぜ…」


 歩くスピードも出発時に比べれば遅くなってきている気がするし、1回休憩は入れておきたいところだ。

 泉はまだか、と道の先を睨むように見ると、なにやら建築物らしきものが見えた。

 何だあれ?

 更に、その建築物に先を行く男が入るのも見える。

 なんだか分からないが、もしかしたら休憩ポイントなのかもしれない。

 急ぎ足を進め、建物へと向かう。


「これは…山小屋みたいなものか?」


 そこにあった建物は掘っ立て小屋のようで、あまり上等な作りに見えなかった。

 吹けば倒れるとまではいかないが、簡単に壊せそうなものだ。

 とりあえず何時までも外で突っ立っていても仕方ない。

 中に入ってみる事にする。


「…へぇ」


 中は外見に比べれば意外な程綺麗だった。

 簡単なテーブルと椅子、そして簡易ベッドが数個あり、先に入った男は椅子に腰掛け目を閉じていた。

 どうやらここは休憩所で間違いないようだ。

 俺も椅子に座ると、ここまでの疲れが出たのかそのままテーブルに突っ伏してしまった。

 やっと一息つけた。

 ぐてっとしながら背負い袋から水袋を出し、中の水を飲む。

 もう残りがかなり少なくなっていた。まぁ泉で補充出来るだろうし、片道持てば十分だろう。

 しかし、あとどのくらいなのだろうか。

 Dデバイスを起動し、時間をもう一度確認する。

 現在は13時29分か…ん?

 Dデバイスの画面にさっき見た時はなかった文字が書かれていた。


<現在セーフエリアに位置しています>

<ログアウト可能です>


 この文字は見た事がある。宿屋でログアウトする時に目にするものだ。

 なるほど、セーフエリアでしかログアウトできないとは聞いていたけども、こういう場所が各地に存在しているに違いない。

 じゃないと町の外でログアウトできなくなってしまうしな。

 だが、予想外だったけどこれは良いタイミングじゃないか?

 身体と精神を休めるついでにと背負い袋から羊皮紙とインク壺、そして羽ペンを取り出す。

 えっと、とりあえずは街の場所だな。

 確か大陸の最南端にあるってのだけは知られてるから、一番下の部分に描こう。宿の景色から察するにちょっと突き出た感じになってたはず。

 街の大きさはどうしたもんかな…うーん、街の中も記載するかどうかだけど、これは一応大陸の地図だし別にいいかな。

 街の地図はまた個別に羊皮紙を買って作るのも面白いかもしれない。

 さて次は…


「Unbelievable. まさか地図を描いてる奴がいるなんてな」

「!? ってやば!」


 地図を描くのに熱中していたので、その声にビックリしてペン先からインクを地図に落としてしまう。

 急いで布でやんわりと拭き取ったが、少し後が残ってしまった。

 これ、どうやって消せば良いんだ? 後で調べないと。


「ったく、驚かすなよ!インク零したじゃないか!」

「Sory sory. あんまり珍しいものを見たもんだからついな」


 男は全く済まなそうな表情をせずこちらの描いた地図を見る。

 しかし、珍しいだって?


「珍しいなんて事はないだろ? みんな最初に地図もらってるんじゃなかったっけか?」

「確かに、地図用のParchment、羊皮紙だったか? はもらうさ。だが、実際にそれに地図を描いてる奴は殆どいねぇよ」

「いやいや、これに地図描けば金が貰えるんだろ? ならみんなやるだけやるもんじゃないのか?」

「はっ、金が貰えるったって大した額じゃねぇぜ。wikiみりゃ全部載ってる事さ。そんな手間かけるぐらいならMonstor狩った方が効率的ってもんだぜ」


 その言葉に少し呆然とする。

 こいつの言う事が本当なら、地図を描く事は殆ど意味が無いんじゃないだろうか。

 正確な地図なら街に売ってる。金ならモンスターを狩った方が良い。だったら、確かに地図なんて描くのは無駄な事だろう。


「ま、気を落とすなよ。早めに分かって良かったじゃねーか」


 にやにやと笑う男の言葉を聞き、少し考えてから俺は地図の続きを書きはじめる。

 えっと、ここは確か大きな木が生えていたはず…


「Hey! 今俺が言った事聞いてたか? それとも言った言葉が理解出来なかったのか?」

「聞こえてたし理解出来てるよ」

「なら何で続き描いてんだ? あぁ、お前アマノジャクって奴か?」

「ちげーよ! 別にさ、非効率とか無駄とか関係無いだろ。ゲームなんだから楽しめりゃそれで良いかなって、そう思っただけだ」


 実のところ、天の邪鬼というのも完全に外れてる訳じゃないけど。

 でも、さっきまで地図を描いててとても楽しかった。それだけは本当だ。

 だから、これが例え非効率だったとしても、それでも良いんじゃないかなと、そう思っただけなんだ。


「それに」

「それに?」


 とりあえず描けるところまで描いたあと、ペンを置きこちらを見ていた男の目を見て言う。


「この、まだ何も描かれてない場所を描いていけるんだぜ? 自分の手で! 現実じゃそんな事、絶対にやる事無いだろ? だったらさ…やってみたいじゃないか!」


 男は俺の言葉を聞いて顔をゆがめた後、俺から顔を背け言った。


「ま、お前の好きにしたらいいさ。お前のGameなんだからな」

「あぁ、そうさせてもらうよ」


 そうとも、これはゲームなんだから、楽しまなければ損だ。

 そういえば、いい加減聞いておきたい事があったのを思いだした。


「なぁ」

「なんだよ」

「俺はカケルっていうんだけど、お前は?」


 俺の言葉を聞き、男は嫌そうな顔でこちらを見る。

 本当に心底嫌そうな顔だなおい。


「何でお前にそんな事教えなきゃならねーんだ? 大体どういうつもりだよ。晒す気か?」

「いや、別に言いたくなけりゃ良いんだけど…そういや知らないなと思っただけだよ」


 まさかここまで嫌がられるとは。

 だが、考えてみれば当たり前のような気もする。お互い、相手にそこまで良い印象は持ってないだろうし、俺だって名前聞かれたら答えなかったかも。

 しょうがないなと名前を聞くのは諦め、地図のインクが乾いたか確認。

 うん、乾いてる乾いてる。

 くるくると丸め、背負い袋にインクと一緒にしまう。

 体力も大分回復したし、そろそろ出発するとしよう。

 そう思い、背負い袋を背負い面を上げると、そこにはまだ渋い顔をしている男が突っ立っていた。


「なんだ? 何か俺に言いたい事でもあるのか?」


 男は何も言わず、ただこちらを睨むように見ているだけだ。

 がたいのある男にこうも睨まれると普通に怖いんだが。

 とりあえず何も言う気配がないので、脇を通り過ぎ小屋を出る事にする。


「Leonardo」


 小屋を出ようとしたその時、背後の男がぽつりと言った。


「えっと、今?」

「何回も聞くんじゃねぇ! Leonardo! それが俺の名前だ!」


 男、レオナルドは大声で怒鳴ると、俺をはね除け勢いよく小屋から出ていった。

 俺はそれを呆然と見ているしかなく、今聞いた内容を思い返す。


「レオナルド、か」


 くそ、格好いい名前じゃないか。

 変な事に悔しい思いを抱きながら、奴に遅れを取ってなるものかと俺も急ぎ小屋を後にしたのだった。

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