10話
「ふぅ、やっと戻って来れたな…」
あれから3匹のカーネイア・ハウンドに襲われ、くたくたになりながら街まで戻ってきた。
このゲームはHPゲージなどがないため、自分へのダメージがどんなものか分かりづらい。
分かるのは、身体が痛いって事実だけだ。
実際の所、痛みは感じるが動けない程ではない。これも防具のおかげだろう。
だが、体力の方が限界である。命の危険とまではいかないが、痛みを感じる戦闘は思っていた以上に神経と体力を消耗させるらしい。もう一度戦闘となったら腕が上がらない気がする。そうなれば、本格的な怪我をしてもおかしくない。
あるいは死ぬ事も、可能性としてはあるだろう。
「怖いねぇ」
別にこの世界で死んでも現実でどうこうなるわけじゃない。だが、それでも忌避感というものは存在する。刃の付いた武器を使う事に抵抗があるのと同じだ。やってしまえば大したことないのかもしれない。けれども、やってはいけない、そんな気がする。
周りの冒険者らしき人達を見ると、そんな俺の気持ちなど関係無く、物騒なものをみんな持ち歩いている。中には大鎌なんてものをむき出しで持ってる人もいる。
「まぁ、ゲームだものな」
俺だって、そういうものに憧れていないわけではないのだ。
ただ、気分と懐具合の関係で、持たないだけだ。
彼らを横目で見ながら、自らの宿に向かって歩みを進める。
俺がさっきまでモンスターを狩っていたのは、東カーネイア草原。グランポートシティの東西に広がる草原である、カーネイア草原の東側になる。
グランポート東門を出て目の前にあるのがそれだ。
モモに聞いた話では、初心者はそこで戦闘しながら小銭を稼いでいくらしい。
まぁ、グランポートの近くで狩りできるのは、東西の草原と北の森しかない。
しかし、黄昏の森といわれる大森林は、開拓されてこそいるものの、襲ってくるモンスター達の強さ的に初心者が行くところではないとか。結果、俺は宿に近い東カーネイア草原で狩りをする事になったわけだ。
さて、東カーネイア草原からグランポート東門をくぐれば、そこはグランポートシティ東商業地区だ。商業地区の名に恥じず、通りはおろか路地裏にも店が建ち並んでおり、人々の声で溢れている。
残念ながら半分以上が外国語の会話なのでよく分からないが、日本語も少なくない数が飛び交っている。
「らっしゃいらっしゃい!今からランチタイムセールだ!各種バフ食揃って安売りだよー!」
「さぁさ!高品質な装備はいかがかな?お兄さん、そんな装備じゃ簡単に死んじまうぞ!」
「売り切れ御免!マリノ印の回復薬だよー!今ならセットでこの価格!買った買ったー!」
「む、あのパーティ、女性の4人組とは、かなりの高ランクだな!構えろ同士達…今だ!撮れ!!」
「「「「「応!!」」」」」
…どこかで見たような変な奴らも居るが、とにかく商人の呼び声と、客達の値段交渉でとても活気がある。この世界では太陽が真上を向いているけれど、日本ではもう夜の9時のはずだが、日本人も多いようだ。日本勢はむしろ今からが本番なのだろう。
色々と見てみたいが、そんな体力も金もない。
後ろ髪を引かれる思いで商業地区を抜け、路地へと入り宿屋へと向かった。
「迷いませんでしたからね?」
「いきなりどうしたんですかー?」
宿に着き、出向かえてくれたモモに一言言っておくと、見事に変な顔された。
そう、俺は迷っていない。ただ、少し散歩したくなって遠回りの帰り道を選んだだけだ。
…虚しい。
「この宿、分かりにくいところにありますからねー」
モモは分かっているといった顔をしながら、食堂のテーブルを布巾で拭いていく。
俺は何も言う事ができず、食堂の席に腰掛けた。
「まーカケルさんが迷った事はおいといてー、初めての狩りはどうでしたか-?」
「うーん、どうなんでしょう?他の人がどんなものか分からないんで何とも言えませんが、とりあえずカーネイア・ハウンドを10匹倒してきました。そんで毛皮を4つゲットってところですね」
「あー、ちょっと少ない気もしますけど、初めてならそんなものですかねー」
黙々とテーブルを拭きながら相づちを打ってくれる。
しかし、少ないのか。結構ギリギリだったんだけどな。
「しかし、結構良い防具揃えたんですねー。お金なくなっちゃいませんでしたかー?」
「いや、実際かなりギリギリですよ。この毛皮がいくらで売れるか分かりませんけど、頑張って稼がないとすぐに宿無しになっちゃいそうです」
「毛皮だったら1つ20gってところですかねー。宿代ぐらいなら問題ないですよー」
「ははは、そうですね…」
20gか。確かに宿代にはなるみたいだがこの調子じゃ中々お金が貯まらないのではないだろうか。
俺の財布―というのは憚られる革袋だが―の中身はあと300gしかない。得られる収入に比べれば多いように思うし、ギリギリというには大げさかもしれない。だが、今回の収入を入れても良い武器を買うには足りないのだ。けっして多いとはいえないだろう。
まぁ、どっちにしろしばらく武器は買えない。
とりあえずはお金を貯めて、何かしらのスキルデータを買うことが目標だからだ。
スキルデータの値段はランクの3乗にスキルに違うレートをかけたものだ。低ランクのスキルならば手が届くものもある。
低ランクなら買わずに自力上げする人も多いらしいが、俺は買うつもりだった。
どっちの方が効率が良いかは、調べていない俺には分からない。
けれども、折角スキルインストールシステムがあるのだ、使わないのはもったいないだろう。
きっちりお金を貯めて、10ランクのスキルを買いたいところだ。
「そういえばカケルさん、珍しい武器をお持ちですねー。それ、木刀ですか-?」
「あぁ、これですか。実は良い防具を買っちゃったせいで、高めの武器が買えなくて。どうしようか悩んでた時に近くにいる人から安く売ってもらったんです」
「へぇ、そうなんですかー。それにしても木刀なんて、私初めて見ましたよー」
「あぁ、何でも売ってくれた人の自作らしくて。作ったは良いものの、ランク制限に対して割に合わない性能らしくて、量産しなかったものらしいです」
「制限あるんですかー?」
彼女は驚いた様子で木刀をマジマジと見つめる。
そんなにビックリする事なのだろうか。
「制限あるのっておかしいですか?」
「あ、いえ、なんというかですねー、カケルさんカーネイア・ハウンドと戦うのも苦労してる様子でしたからー。そんなに強い武器でもなさそうなのにランク制限あるのかなーと思いましてー」
「あー、なるほど。確かに強い武器ではないですからね。その分制限も大したことないんですけど」
「なるほどー。どんな制限なんですかー?」
一瞬言葉に詰まる。
「どうかしましたかー?…もしかして聞いちゃ駄目でした?」
「あ、いえいえ、そういうわけではないです。制限でしたね。こいつの制限は剣術スキル5ランク、だそうです」
「剣術5ランクですかー、中々微妙な制限ですねー。それなら、ロングソードの方が強い気がしますー。あっちは無制限ですし、刃も付いてますからねー」
「ええ、売ってくれた人もそう言ってました。ただ、ロングソードは微妙に高くて、俺みたいに良い防具揃えた人だと手が出ないんですよ。そういう人用に作ったらしいんですが、作ってみたら5ランク制限が付いてしまったらしくて」
「確かに、剣術5ランクといえばそれなりに剣を扱わないとなれませんからねー。その頃にはロングソードを買える程度のお金は得ているでしょうしー…ってあれ?」
彼女は首を傾げ、不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「カケルさん、それを持てるって事は剣術5ランク以上なんですよねー。リアルで何かやってたりしますー?」
その言葉にまたも即答せず、ごまかすように俺は水袋を取り出して中の水を口に含む。
ぬるい。
保温機能なんて付いてないので当たり前だが、何とも言えない気分になる。
ゆっくりとぬるい水を飲み、水袋から口を離すと、返答を待っている彼女に告げた。
「まぁ、剣道を少しだけ。…昔の話ですよ」
「…そうなんですかー。あ、喉が渇いてるなら冷たいお水持ってきますよー!」
俺の反応に気持ちを察してくれたのか、彼女は水を取りにキッチンへと向かっていった。
その姿を視界におさめつつ、俺は右手を振りDデバイスを起動し、自らのスキルを確認する。
無数に存在するスキルから、このゲームで主に使われるスキルを確認する。
<主なスキルランク>
<剣術6ランク>
<回避3ランク>
<受け3ランク>
<荷運び22ランク>
<料理15ランク>
<英語読文28ランク>
<英語会話6ランク>
今回の戦闘でいくらかランク上がっている。
低ランクは上がりやすいのか、俺が勘を取り戻しているのか、どちらか分からないが良い事だろう。
剣術5ランク、今は6ランクか。こいつのせいで俺は剣をメインウェポンにする事になっちまったんだな。そんなつもりはなかったんだが。
元々、俺は長物を得物にするつもりだった。ゲームなんかだと剣がメインである事が多いが、実際には槍などの方が有用だ、みたいな事を小説などで目にしていたからだ。
だが、自分のスキルを見て、迷いが生まれた。
剣術スキルが少しでもあったことは、昔剣道をやっていた事を思えばおかしい事じゃない。でも、本当に昔の話だ。中1の時、ある事があってからは竹刀を触る事もなくなった。だから、そんなものはとっくになくなっていると、そう思っていた。
だからなのだろうか。剣術5ランクの文字を見て、呆然とした。
あの頃は何ランクだっただろうか。少なくとも20は越えていたとは思う。それが5ランク。
なくなっていれば気にする事もなかっただろう。なのに、中途半端に5ランク残ってしまっていた。
それが、何故か無性に悔しかった。
そのせいで、武器屋では自然と剣に目を向けてしまった。
それでも止めようと思った矢先に、懐かしい木刀を見せられて、思わず買ってしまったのだ。
「どういうつもりなんだか、われながら」
もう触る事はないだろうと思っていた。実家にあった竹刀も木刀も、全て捨てたはずだった。
なのに、今俺は木刀を握っている。
そして、見るのもいやだったはずなのに、握ると馴染むのだ。試しに持ってみた他の剣や槍、斧なんかよりもずっと。
だから決めた。剣でいこうと。
そして、剣でいくと決めてからずっと悩んでいる。
スキルを金で買えるこの世界で、俺は剣をどうしたいのか、と。
「はーい、冷たいお水ですよー!渇いた喉にはこれが1番ですー!」
「ありがとうございます、モモさん」
モモが元気出せといわんばかりに、冷えた水をグラスに入れて持ってきてくれる。
その心遣いに感謝し、笑いながらグラスを受け取り一気に飲み干す。
「おかわりはいりますかー?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうですかー」
彼女はにっこりと笑うと、食堂の掃除へと戻っていった。
気を使わせているなと思い、申し訳なさを感じる。そしてありがたさも。
自らの腰を見る。そこには提げられた木刀がある。
「ま、悩んでも仕方ないか」
なるようになる。剣術をどうするのか、その決断を下すのはまだしばらく先になるだろう。
少なくとも、スキルデータを買える程の貯蓄ができてからだ。
その為には金を稼がなきゃならんわけで、悩んでいる暇なんかないのだ。
「それじゃ、毛皮売りに行くとしますか!」
勢いよく席を立ち、背負い袋を担いで出口へと歩き出す。
腰に提げた木刀に手を置くと、何故かしっくりくる。
それが妙に気分良く、今はそれだけで十分だった。