9話
大地を蹴り、疾走してくるものがいる。
そいつは4つある脚の後ろ2つを使い、地面を思いきり蹴飛ばし、こちらへとその身をぶつけてくる。
咄嗟に俺は左腕を前に突き出し、腕に装着された木製の盾を相手にぶつけた。
更に、その勢いに押されないように身体を反らし、相手を流す。
流された相手は、盾にぶつかった衝撃で怯みながらも、地面にしっかりと着地し、こちらを見てうなる。
こちらも素早く身を翻し、相手への牽制に右手の木刀の先を相手に向ける。
「さぁ、いつでも来い!」
こちらから声をかけたものの、相手は唸ったままこちらの様子を伺っている。
その姿は犬だ。
体長は1m程で濃い灰色の毛色をした犬。
ここ、カーネイア草原に生息する野犬、カーネイア・ハウンドだ。
「来ないならこっちから行くぜ!」
木刀の柄を両手でしっかりと握り、左足をバネにして木刀を振りかぶりながら、相手まで一気に飛びかかる。
「せい!」
掛け声と共に、木刀を相手の胴目掛けて振り下ろす。
だが、刀身が野犬の身体に当たる前に、相手は素早く前に出て躱し、そのままこちらの背後へと回る。
俺は飛び込んだ勢いを殺さず、そのまま直進し、野犬と距離を取って振り返る。
だが、振り返った時には野犬がすぐ目の前まで迫っており、そのまま激突された。
「ぐっ…ごほっ」
そのまま押し倒されぬよう、痛みに耐え踏ん張る。
しっかりした革製の防具が衝撃を吸収し、大したダメージは無い。しかし、相手は野犬。牙で噛まれるとやっかいだ。
追撃を受けないよう、蹴りで牽制し、距離を取る。
「はぁ…はぁ…」
くそ、きつい。相手が素早いのもあるが、何より背が低いのがやっかいだ。振り下ろしだと、相手に当たる前に避けられる。ならば。
木刀を上段に構え、すり足で距離をゆっくりと縮めていく。
すると、野犬はしびれを切らしたのか、こちらへと飛びかかってきた。
「もらった!」
叫びと同時、飛びかかる相手の顔に狙いをつけ、木刀を振り下ろす。
当たった。
刀身に確かな手応えを感じ、そのまま振り抜く。
野犬は地面に叩きつけられ、そのまま動かなかった。
少しして野犬は光に包まれ、光が収まるとそこには物が落ちていた。
「お、1発とは、当たり所が良かったかな」
今までは、3,4発当てなければ倒せなかったのだ。所謂クリティカルというものかも知れない。
乱れていた呼吸を正しつつ、落ちている物を拾う。
落ちていたのは、さっき倒した野犬と同じ色をした毛皮だ。
これで倒した野犬は7匹、拾った毛皮が3つ。大体5割の確立で落とす事になる。
「ふぅ…しんどいな」
さっきの野犬、カーネイア・ハウンドはカーネイア平原に出現するモンスターの中で、1番数が多いらしいのだ。実際、戦っているのはカーネイア・ハウンドばかりであり、こいつがここで1番の雑魚で間違いは無いだろう。そんな雑魚相手に俺は苦戦の連続だった。
先程は1撃で仕留められたから良いものの、それまでは仕留めるのに倍以上の時間がかかっており、その分攻撃を受けた回数も多い。
装備を整えるに当たって防具を優先したため、あまりダメージがないのが救いだが。
「けど、これはミスったかもな」
防具を優先した結果、武器に回す金が残っておらず、武器がしょぼい。
そのせいで、1番の雑魚であるカーネイア・ハウンドを倒す事にすら苦労する羽目になっている。
やはりもっと良い武器にするべきだったか。
「でも刃物はな…ちょっと抵抗があるよな」
いや、木刀だって十分凶器になりえてるけども。
まぁ、買ってしまったものは仕方ない。スキル的には良い買い物には変わりなかったし。
何はともあれ、革袋の中身が一気に心許なくなったのには変わりがない。そいつを補填するためにも、頑張ってモンスターを狩らなくてはな。
「っと、いたいた…」
周囲を見渡すと、先程と同程度の大きさのカーネイア・ハウンドが見えた。
さっきまでしゃがんでいたせいか、草むらに隠れていたらしく向こうはこちらに気付いていないようだ。
野犬は何かを食べるのに夢中で、今ならこっそり行けば気付かれないかもしれない。
俺は木刀を八相に構え、奴の後ろに回り込みゆっくりと近づいた。
まだだ…まだ気付くなよ…もうちょい…よし!
野犬が耳を動かし、素早く頭を上げたがもう遅い。
「はっ!」
「Take this!」
掛け声と同時に木刀を野犬に叩きつける。
その時、奥の背の高い草むらから人が飛び出してきて、右の拳を野犬の顎にぶち当て、そのまま身体を伸ばすようにして上に振り抜いた。
身体の前と後ろでそれぞれ攻撃を喰らった野犬は、そのままピクリとも動かなくなった。
そして光を放ち、毛皮だけが残る。
「えーっと…これは?」
「What?」
俺と飛び出してきた人物は、毛皮を間に向かい合う事になった。
背の高い男だ。ライオットより少し高いぐらいだろうか。
まず目を引くのが、ぼさぼさした見るからに手入れされていない髪から生えているとがった耳だ。
人間ではありえないその姿は、間違いなく獣人種族だろう。たぶん犬ではないだろうか。
その顔は整っていると思う。何故思うなのかといえば、その顔が酷く険しい表情をしているからだ。
琥珀色の瞳の目を細くし、こちらを観察している。
「Hey you! What kind of intention!? Don't take my target!」
いきなり英語でまくし立てられる。
くそ、やっぱり海外の人かよ!
どうする?どうしよう…とりあえず何かしゃべらないと。
「あー、えっと…I can't speak english! ワタシエイゴシャベレマセーン!」
あれ?何か違う気がするんだが。
「Realy? Unbelievable! 今時english話せないとかどこのhillbillyだよ!」
「sorry! sorry! ってあれ?日本語?」
「合わせてやったんだ、感謝しろよJapanese」
男は外見に似合わず、流暢とは言えないが、普通に聞き取れる英語をしゃべり出した。
しかし、腕を組み完全にこちらを見下している。
くそっ、いくら俺が英語はなせないからってその態度はないんじゃないか?
とはいえ、合わせてもらってるのはこちら。文句を言う筋合いはない。
「ありがとうございます。それで、なんのご用でしょうか?」
「だから!俺のtargetを取るとは何考えてやがるって言ったんだよ!」
「ターゲット…このカーネイア・ハウンドの事ですか?別に取ろうとしたわけじゃ…」
「だが、実際このhoundを殴ってるじゃねーか!」
「いや、それはたまたまですよ…」
なんだこいつ、たまたま同時にモンスターを殴っただけでなんでここまで言われなきゃならないんだ?
そりゃ、確立は高くはないかもしれないけど、そういう事だってあるだろ。
「It just happen? NO! 違うね。何故ならお前が殴ったhoundは俺が仕掛けた餌を食ってたんだからな」
「餌だって?」
確かに何か食べてるのは見たけど、まさかこいつが仕掛けていたとは。
「そうだ、ratの肉さ。そいつを仕掛けて俺が草むらであいつが油断するのをじっと待っていたっていうのに、youはそいつを横から掠めようとしたわけだ。餌の事、知らないとは言わせねーぜ?」
「いやー、その…知らなかったんです、ごめんなさい」
俺は正直に謝った。しかし、その言葉を聞いて男は更に目を細め、
「嘘つくんじゃねーよ、sonofabitch! houndに餌やってhuntする方法はネット見りゃどこにでも書いてあるだろうがよ!初心者だってしってらぁ!」
「いや、本当に知らなかったんです。攻略サイトとかそういうのは見てないもので」
「嘘ならもうちょいましな嘘つくんだな、booger!」
全く信じて貰えず、罵倒の嵐を受ける。
確かにこっちが悪いのかもしれないが、ここまで言われる筋合いはないんじゃないか?
この野郎、人が下手に出てたら好き放題言いやがって!
「すいません!すいません!」
しかし、文句を言っても長引くだけだろう。
ここは謝ってさっさと終わらせるしかない。俺が悪いのは確かだしな。
とにかく謝り続けた結果、どうにか相手も本当に俺が知らないと分かってくれた。
「ま、知らなかったならしょうがねーが、これに懲りて少しはネットでstudyしとくんだな。それじゃ俺はそろそろ行くぜ」
「はぁ、申し訳ありませんでした」
くそ、偉そうに!
とはいえ、何が言えるわけでもなく、俺は男が毛皮を拾うのを見ているしかなかった。
だが、男が毛皮を拾おうとしたところで気付く。
毛皮がない。
「Huh? おいお前、毛皮どこにやりやがった!」
「いやいや!俺は何もしてないですよ!」
2人して辺りを見回すと、小動物が毛皮を咥えて走り去っていくのを見つけた。
多分寝床の改善にでも使うのだろう。今からでは追いかけても間に合いそうにない。
「fuck! fuck off!!」
男もそれを見つけたらしく、地団駄を踏む。
「ざまぁ」
「何か言ったか!?」
「いえ何も」
男はこちらを一回睨みつけたあと、辺りの石などを蹴り飛ばしながら去っていった。
ちょっとだけスッとした。グッジョブ、小動物!
「…酷い目にあったな」
若干自業自得とはいえ、ついてない。
気分も萎えたし、1度宿に戻る事にしよう。
背負い袋を担ぎ直し、グランポートシティの方角へと歩を進める。
歩きながら、さっきあった男を思い出す。
いけ好かない奴だった。だが、奴のおかげでカーネイア・ハウンドの倒し方は分かった。
そういう意味では感謝しても良い筈だったが、
「あれに感謝だけはしたくないな」
とにかく気にくわない。あれだけ罵声を浴びて気に入ったりしたらそっちの方が嫌だが、どうにも反りが合わない気がする。
もう2度と会わない事を祈ろう。
何せこのゲームは数千万人の規模と言われているんだ。同じ人物と偶然会う事なんてそうないだろう。
頷き、もうさっきの男のことは忘れるようにつとめ、街へと足を急がせた。
今回の狩りでどの程度の儲けになるのか。
そのことだけが気になっていた。