バレンタイン企画(ラモン)
「……ああ、もうそんな時期かぁ」
そう呟いて溜息を吐く。
自分の目の前には、下駄箱一杯に詰め込まれた色とりどりの包装紙に包まれた箱の群れ。
ついさっき思い出したけれど、今日はバレンタインデー。
自分にとって、ある意味で鬼門とも言える日だというのに、1年に1度しかないイベントだから、すっかりその存在を失念していた。
ああ、本当にミスった。
「休んでおくべきだったなぁ……」
深く溜息を吐きながら、下駄箱に詰め込まれた箱を取り出して鞄にしまう。
とはいえ鞄には教科書などが入っているから、結局数個入れた時点で鞄は一杯になってしまった。だというのに、下駄箱の中にはまだまだ10個近い箱が入ったままだ。
全く、これじゃあ上履きが取れないじゃないか。
しかし本当に困った。このままでは上履きが取れないが、かと言ってこの下駄箱に包まれたチョコレートを全部投げ捨てるのは流石に気が引ける。
気持ちに応えるつもりはないけれど、だからって捨てるのは可哀想だし。
(仕方ない、職員室に行ってこのチョコを入れる袋でも貰ってこよう)
そう思って一旦下駄箱を閉めた、その時。
「あっきらちゃ~ん! おっはよー!」
「うわぁっ!?」
聞きなれた声で名前を呼ばれながら、首元に手を回されて背中に飛びつかれる。
その体重に後ろに倒れそうになるのを、必死に足を踏ん張って堪え、肩越しに飛びついてきた人物を確認するように見つめた。
見えたのは、案の定というか、良く知っている人物の目に悪いピンク色の髪の毛。
「……こうやって飛びつくのはやめてって言ってるだろ、ヒナ」
「えー。晃ちゃんだって嬉しいでしょー?」
「いやいや、嬉しくないし」
飛びついてきたのは、クラスメイトの桃山ヒナ。
苗字と髪の色が同じってのは、どういう冗談なんだろうといつも思う。
「おおっ! 流石にすっごい量だね~」
「話を聞いてよ、ヒナ」
「大方、鞄に入りきらないから職員室で袋でも~ってところかな?」
「…………うん。そうだよ」
とりあえずヒナが話を聞いてくれないのはいつもの事なので、諦めて同意しておく。
話しながらも、とりあえずはヒナを引き摺って職員室を目指す。いい加減、始業のチャイムが鳴ってしまうから、少し急がないと。
「晃ちゃんを見てると、モテるってのも大変だと実感するよね~」
「そうだね。ヒナが離れてくれたら、少しは楽になれると思うけど」
「晃ちゃんがヒナの恋人になってくれるならいいよ?」
「だから、それは無理だってば」
「じゃあ駄目~☆」
「……はぁぁぁ」
背中に感じるヒナの重みが、今のやりとりで倍になったように感じる。
本人には悪気が全然無くて純粋な好意だけだから、余計にタチが悪いんだよね。
などと言っている間に職員室の前にたどり着く。ヒナも流石に職員室に入る時まで引っ付いているのはマズイと思ってくれたのか、職員室のドアの前で離れてくれた。
「失礼します」
そんな風に一声置いてから職員室へ。
軽くあたりを見回して、担任の野辺直子先生の姿を探す。
「あ、野辺先生!」
「? あら、鷹島さん。どうしたの?」
こちらの呼びかけに反応して、野辺先生が腰まで届く黒髪を揺らしながら振り返る。
相変わらず綺麗な人だ。もう30代後半だというのに、見た目はまだ20代前半と言っても全然通用するくらいに若々しい。是非今度その若さを保つ秘訣を教えて欲しい。
っと、それは今関係無かったっけ。
「先生、何か大きな袋ってありませんか?」
「袋……? ああ、今日はバレンタインだったわね」
こっちの要求に不思議そうな顔をした後、思い出したように手を合わせる野辺先生。
「モテるのも大変ね。鷹島さんを見てると、本当にそう思うわ」
「それ、もう言われました。それで、袋はありますか?」
「もちろん、これでいいかしら?」
頷きながらそう言って先生が差し出してきたのは――
「――先生、それダンボールです」
『愛媛みかん』と書かれた、ちょっと大き目のダンボールだった。
嫌がらせか何かだろうか? さすがにこれが必要になる程チョコを貰えるとは思わないんだけれど。
「自分の魅力に気づいてないわよね、鷹島さんは。
私も、教師じゃなかったら思わずチョコを渡しちゃうくらいなのよ?」
「あんまり嬉しくないです」
誉めてくれてるんだろうけど、嫌味にしか聞こえない。
袋に変えてもらおうと思ったが、もう時間が無いのでとりあえずダンボールを貰っておく。
まぁ、とりあえず今はダンボールでいいや。チョコは入れられるし。
「失礼しました」
「後で戦果を教えてね、鷹島さーん!」
職員室を出る時に聞こえてきた先生の声は、とりあえず無視しておいた。
◇◇◇◇◇
先生からダンボールを貰って、下駄箱のチョコを回収した後は急いで教室に向かう。
ヒナは職員室から出たらもう居なかった。時間がヤバくなってきたから、先に教室に行ってしまったんだろう。人の事を好きだ好きだと言う割に薄情な子だ。
「はぁ、はぁ……」
弾む息を整えながら教室のドアを開けて中に入る。
すると、入って直ぐの机には案の定ヒナが座っていた。
「晃ちゃん、袋は貰えた……って、ダンボール?」
「先生がコレしかくれなかったんだ」
「あははっ、野辺せんせ~らしいや。でも良かったじゃん。これなら今日一杯チョコ貰えるよ?」
「だから、別に欲しく無いんだってば……」
ヒナの笑顔に溜息を吐きながら、その隣にある自分の机に移動して椅子に座る。
そして鞄から教科書を出して机に入れようとして……。
「……はぁぁぁぁ」
机の中にぎっしりと、それこそ隙間無く入れられていたチョコに溜息を吐いた。
渡すのは構わないんだけど、せめて直接渡してくれないなぁ。
こうやって机の中とかに入れられると、本当に困るんだけど。
「おぉ、やっぱり凄いね~。羨ましいぞ、モテモテ晃ちゃん!」
「羨ましいなら変わってよ、本当に」
「それは嫌」
「なにそれ……」
無責任な発言にがっくりと肩を落としながら、机の中のチョコをダンボールに移す。
あぁもう、ホントに何でこんなに量が多いんだよっ!
「それだけ愛されてるって事だよ。しょうがないじゃん、この学校じゃさ」
「渡される方の身にもなってくれると、凄く嬉しいな」
「それは無理かな。だってヒナは渡す側だもん」
「はぁぁぁぁ……」
ヒナに答えながら、ようやく机の中にあったチョコを全部ダンボールに移し終える。
つ、疲れた……。何で朝からこんな重労働しなきゃいけないんだか……。
ぐったりしながら机に突っ伏し、今日と言う日を忘れていた自分を恨む。去年も同じような状況だったから、今年は絶対に休むって決めてたのに……。
そんな風に嘆いていると、ふいに隣から肩を叩かれる。
「……?」
「えへへ~、はい、晃ちゃん。コレ、私から」
顔を動かしてそっちを見れば、頬を染めたヒナがチョコを差し出していた。
ピンク色の包装紙に包まれたハート型のチョコレート。
「晃ちゃん、ヒナとお付き合いしてくださいっ!」
それからヒナは、クラスの皆が見ている前だっていうのに、そんな風に告白してきた。
でも、ヒナはこうして毎日告白してくるから、クラスの皆も恒例行事と思って殆ど相手にしていない。
実際こっちの答えも決まってるしね。
「……このチョコは受け取るけどね、ヒナ?」
チョコを一応受け取りながら、溜息混じりにいつもの答えを返す。
「残念だけど、付き合ったりは出来ないよ」
「えー、何でー!?」
不思議そうな顔で不満の声を上げるヒナ。
何でも何も、そんなの決まってる。だって――
「私もヒナも、2人とも女の子じゃない」
そう。私もヒナも、どっちも女の子。
というか、この『星陵女学院』は女子校なんだから、女以外が居るワケが無い。さらに言うなら私に同性愛の趣味は全く無いワケで。
だってのに、何でみんなして私に告白してくるんだろ。
ホントに勘弁して欲しい。慕われてるって言えば聞こえはいいけど、凄く疲れるんだよ?
「ヒナは平気だよ! だって晃ちゃん、背も高いし声も低いし、とってもカッコイイもん!」
「……誉めてない。誉めてないから」
人のコンプレックスを的確に突いてくるヒナに涙目になりながら、私は今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。ヒナは純粋な好意で言ってくれてるから、邪険に扱うことも出来やしない。
あぁもう、こんなことになるなら女子校なんて入らなきゃ良かった。
「晃ちゃん! ヒナは諦めないからねっ!」
「はぁ……不幸だぁぁぁ……」
私は自分に擦り寄ってくるヒナにげんなりしながら、今日1日の間、何度何度も呟くことになるだろう台詞を、ボソッと呟くのだった。
ホント、早く卒業出来ないかなぁ……。
主人公を男と思わせて、実は女だったという、ちょっとしたミスリードを狙ってみました。成功したようには思えませんけど(笑)
一人称視点なのに、自分を表す呼称が使えないというのは、意外と大変ですね。
ネタバレを防ぐ為に、キーワードにガールズラブやら百合やらは入れなかったんですが、どうだったでしょうか? 駄目なら駄目で、後で追加します。
実際の女子校って、どんな感じなんでしょうね。興味があるような、知るのが怖いような……(笑)
それでは、ラモンでした。