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009

当主であるがゆえに、ケンヤの父――**春人ハルト**が最初に杯を上げた。


彼は酒杯を高く掲げる。

その動作はゆっくりだが、迷いはない。


すると即座に、部屋にいる全員が一斉に立ち上がり、同じように杯を掲げた。

一拍たりとも遅れる者はいない。


「炎武一族のために。」


たった一言。


杯がぶつかり合う音が連続して響き、宴は正式に始まった。

空気は瞬く間に賑やかさを帯び、笑い声、談笑、昔話が次々と飛び交う。

過去の戦功から、一般人が聞けば口を開けたままになるような商談の話まで――。


だが、ケンヤは違った。


酒は好きではない。

誰が強いだの、誰が勝っただの、次にトップに上がるのは誰だの――

そんな中身のない雑談にも興味はない。


それでも、彼は席を立たなかった。


好きだからではない。

礼儀として、そして――

少しでも早く席を外せば、何百もの視線に「記憶」されることを理解していたからだ。


食事をしているふりをしながら、ケンヤは静かに耳を澄ませていた。


そして――

ある名前が出た。


「――そういえば、今日は炎武 雷牙ライガが来ていないな?」


ケンヤはわずかに動きを止めた。


ライガ。


父の実弟。

そしてこの一族で唯一――

このような重要な席に、欠席することを許されている存在。


断片的に聞こえてくる話だけでも、十分に理解できた。


瞬間移動能力。

理不尽としか言いようのない体術。

近距離であらゆるものを粉砕する、炎を纏った拳。


ほぼ無敗の存在。


誰も、彼が何をしているのかを知らない。

誰も、彼がどこにいるのかを知らない。


……父を除いては。


そしてケンヤの眉をひそめさせたのは――

春人がこの弟に向ける、明らかな「特別扱い」だった。


ケンヤは、話に聞いたことがある。


かつてライガは、一族が経営していた最大級のホテルを破壊した。

多数の負傷者。

莫大な経済的損失。

そして致命的な評判の低下。


もし、それが他の誰かだったなら――

待っている結末は、一つしかない。


だが、春人はどうしたか。


すべての賠償を引き受け、

全責任を自らの肩に背負い、

ライガを――跡形もなく消したのだ。


ケンヤは、手にしたフォークを強く握り締めた。


当主としての力と権威をもってすれば……

その程度のこと、確かに大した問題ではない。


だが、彼は理解した。


この一族には、

決められた席に座らねばならない者がいる。


そして――

姿を見せずとも、すべてを思い通りに動かせる者もいる。


ライガは、後者だ。


ケンヤは椅子にもたれかかり、視線を落とした。


父が言った「立ち向かうべきもの」とは――

こういう存在も、含まれているのだろうか。


宴はなおも賑やかに続く。

笑い声も絶えない。


ただ、ケンヤだけが――

この食卓を、戦場以上に重く感じていた。

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