008
今日は、祭りの本番の日。
そして同時に――炎武家一族にとっての、真の祖霊祭の日でもあった。
朝早くから、町全体の人々が大広場に集まっていた。
中央のステージに、現当主――**炎武 春人**が、ゆっくりと歩み出る。
たったそれだけの動きで、先ほどまで騒がしかった空間は、まるで喉元を掴まれたかのように静まり返った。
背筋はまっすぐ。
眼差しは落ち着き、揺るぎない。
大声を出す必要も、力を誇示する必要もない。
短い挨拶だった。
だが、その一言一言は、人々の心に深く打ち込まれていく。
先祖の話。
一族が町を守ってきた歴史。
そして――これからも、この地を守り続けるという責任と誓い。
民衆の拍手が、雷鳴のように響いた。
ケンヤはその後ろから、黙って父の背中を見つめていた。
初めて――
なぜ「炎武」という姓が、これほどまでに重いのかを理解した。
儀式の後は、大祭の昼食会。
一族の敷地は果てが見えないほど広く、長いテーブルが幾重にも並べられていた。白髪の長老から幼い子供たちまで、あらゆる分家の人間が一堂に会している。
だが、それだけでは終わらない。
一族が所有する巨大な五つ星ホテル。
その全フロアが、炎武の名を持つ者たちで埋め尽くされていた。
その規模だけでも、外の人間なら言葉を失うだろう。
そして――
そのホテルの最上階。
そこは、本当の意味での「権力者」たちが集う場所だった。
ケンヤは分かっていた。
父がそこへ行くのは必然だ。
そして今回――
同行を命じられたのは、自分だった。
「天才」と呼ばれる弟ではない。
その事実だけで、ケンヤは理解した。
後継者として見られているのは――自分だ。
きっちりとしたスーツに着替え、髪を整える。
最上階へ向かうエレベーターの中で、父の隣に立つケンヤは、秒を追うごとに心臓の鼓動が重くなっていくのを感じていた。
エレベーター内の空気は、重く張り詰めている。
春人が、まるで天気の話でもするかのように、静かに口を開いた。
「これから――
お前が背負うことになるものを、見せてやろう」
一拍、間を置く。
「そして同時に――
お前が、立ち向かわねばならぬものもだ」
ケンヤは一瞬、言葉を失った。
……立ち向かう?
エレベーターの扉が開く。
扉が完全に開き切った瞬間――
津波のような圧力が、真正面から襲いかかってきた。
息が詰まり、思考が白くなる。
足が、無意識に震えた。
それでも春人は、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべ、まるで自宅に入るかのように歩み出す。
部屋の中にいたのは――
名を挙げるだけで、日本全体を震わせる存在たち。
炎武 風炎
――キラーハンター協会会長。その眼光は刃のように鋭い。
炎武 黒炎
――国家トップ10に名を連ねる英雄。圧倒的な存在感。
炎武 炎州
――国内最大の魔法・魔導具流通企業の会長。
……錚々たる顔ぶれだった。
そして、彼らに共通する唯一の点。
それは――
全員が、ケンヤの父の「下」に座っているという事実。
ケンヤは、拳を強く握り締めた。
……なるほどな。
ここが――
これから自分が、足を踏み入れる世界なのだ。




