007
---
ついに――すべての準備が整った。
ケンヤは、赤い提灯で豪華に飾り付けられた一族の敷地全体を眺めながら、心の中でただ一つのことを思っていた。
(でかいな……さすが名門一族だ)
明日こそが炎武家始祖の正式な命日だが、今夜はその前夜祭にあたる。人々は外へと繰り出し、これまでになく賑やかな空気に包まれていた。
ケンヤは外へ出た。
そこには、日本の祭りそのもののような屋台がずらりと並んでいた。
たこ焼き屋からは白い煙が立ち上り、焼けたタコの香ばしい匂いが漂う。
焼きそばの大鍋では、店主がジュウジュウと音を立てながら麺を炒め、声高に客を呼び込んでいる。
艶やかなりんご飴、焼きトウモロコシ、冷やし麺、ビー玉で栓を抜くラムネ。
遠くには、射的、金魚すくい、輪投げの屋台もあり、子供たちの笑い声が絶えない。
カップルが肩を並べて歩き、
家族が小さな子供の手を引いて進む。
笑い声と祭囃子が混ざり合い、空気を震わせていた。
ケンヤは、その人混みの中に立っていた。
そして――初めて、はっきりと気づいた。
(……孤独だな)
前の世界では、本しかなかった。
この世界でも……結局、本しかない。
横を通り過ぎる一組のカップル。
少女は楽しそうに笑い、青年は照れたように頭を掻いている。
ケンヤは小さく息を吐いた。
「……まあ、いいか」
「誰もいないなら、部屋に戻って本を読めばいい」
「読書も……悪くないしな」
そう思い、踵を返そうとした――その時。
「……あ、ケンヤ様?」
振り返る。
ナオミだった。
淡い色合いの秋用の着物に身を包み、帯はきちんと結ばれている。髪は簡素にまとめられ、首元に数本の後れ毛が揺れていた。派手ではないが、不思議と優しい雰囲気をまとっている。
……明らかに、祭りにとてもよく似合っていた。
ケンヤの動きが一瞬止まる。
(……可愛いな)
彼は軽く咳払いをし、珍しく少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
「ナオミ」
「今日は……祭りに来たのか?」
ナオミは小さく頷く。
「はい……こういう機会は、なかなかありませんから」
数秒の沈黙。
そしてケンヤは意を決した。
魔獣を前にしても、これほど緊張したことはなかった。
「じゃあ……」
「よければ今日は……俺と一緒に回らないか?」
ナオミは目を見開いた。
あの日見た、鍛え上げられた六つに割れた腹筋――
なぜか“反則的”なその光景が、ふと脳裏をよぎる。
ナオミの顔が一気に赤くなる。
「……は、はい……」
こうして、二人は並んで歩き始めた。
ナオミがぬいぐるみの屋台で足を止める。
ケンヤ:「どれがいい?」
ナオミ:「い、いえ……大丈夫です」
ケンヤ:「店主、一番大きいやつを」
ナオミ:「!?」
どんな遊びでも、ケンヤは付き合った。
勝ち負けはどうでもいい。
金? 一族が全部出す。
秋の涼しい風が吹き抜け、焼き物の匂いと笑い声を運んでくる。
空は次第に暗くなっていった。
ケンヤは、ナオミの頭ほどもある大きな綿あめを買った。
ナオミは少しずつそれを食べ、頬を膨らませている。
どこか間抜けで……それがまた可愛い。
ケンヤはそれを見て――心臓が、わずかに跳ねた。
(くそ……可愛いな)
その時――
ドンッ!
夜空に花火が打ち上がった。
色とりどりの光がナオミの瞳に映り込み、彼女の表情をさらに柔らかく照らす。
ケンヤは小さく言った。
「ナオミ……こっちへ」
「一緒に花火を見よう」
ナオミがまだ状況を理解しきる前に――
ケンヤは、そっと……いや、少し強めに引いた。
ナオミはよろめき、そのまま彼の胸に寄りかかる。
二人とも、何も言わなかった。
花火は、次々と夜空に咲き続ける。
その瞬間――
ケンヤは、自分が転生者であることを忘れた。
魔法の世界も、
蔑まれてきた過去も、すべて忘れた。
そこにあったのは、秋の夜と、花火と、隣の温もりだけ。
初めて――
彼は、孤独を感じなかった。




