004
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「いいだろう」
ケントは手を高く掲げた。
今度は、子供の遊びじゃない。
手の中の炎が激しく燃え上がり、渦を巻きながら伸びていく。
やがてそれは、咆哮を上げる炎の竜へと変わった。
温度が一気に上昇し、魔力の圧力で空気が震える。
「死ね!」
炎の竜が、一直線にケンヤへと襲いかかる。
訓練場全体が、息を呑んだ。
ケンヤは動かない。
「……えっと」
迫り来る炎を見つめ、頭の中が混乱する。
頼むから。
水、出てくれ。
水よ……水よ……
何も起きない。
出ろってば!
本には、想像するだけでいいって――!
炎は、もう目の前だった。
「え――」
その瞬間――
ケンヤの身体が、勝手に横へ跳んだ。
命令したわけでもない。
考えたわけでもない。
――純粋な反射。
炎が頬すれすれを掠め、熱で髪の先が少し焦げる。
「おお――!」
訓練場がどよめいた。
「避けたぞ!」
「待て……今の、本当に避けたよな?」
ケンヤは着地し、心臓を激しく鳴らす。
「……は?」
さっきまで自分が立っていた場所を振り返る。
え?
跳べって、指示した覚えないんだけど?
頭の中に、極めて真剣な疑問が浮かぶ。
待て……この身体、戦士なのか?
ケントは眉をひそめた。
「ただのまぐれだ!」
再び手を掲げる。
――ドン! ドン! ドン!
三つの炎が、無秩序に連続して放たれる。
ケンヤは目を見開いた。
「おいおい、ちょっと待――」
身体が、また勝手に動く。
左へ一歩。
身を低く。
腰をひねる。
一つを避けた瞬間、次が来る――だが、すべて外れる。
「おおお!」
「なんだよ、あれ!?」
笑い声が上がる。
「どうした、ケント?」
「廃物に全部避けられてるぞ?」
ケントの顔が赤く染まる。
「うるさい!」
歯を食いしばり、目が獰猛に変わる。
「なら――近接だ!」
ケントは突進し、炎をまとった拳をケンヤの顔面へ叩き込む。
ケンヤは慌てた。
「ちょ、ちょっと待て待て待て――!」
反射的に、頭を下げる。
拳が、頭の上をかすめていった。
その勢いで、ケンヤは体を反らしすぎる。
「……うわ」
仰向けに倒れた。
「はは!」誰かが大笑いする。
「やっと倒れたか!」
だが――
倒れる途中、ケンヤは本能的に両手を地面についた。
そして、その瞬間――
両脚が、跳ね上がる。
鋭く、強く、真っ直ぐに――
バンッ!
かかとが、ケントの顔面に直撃した。
乾いた音が響く。
ケントの目が、ひっくり返る。
身体が後方へ吹き飛び、「ドサッ」と地面に叩きつけられ――
……気絶。
沈黙。
完全な沈黙。
風が、訓練場を吹き抜ける。
ケンヤは地面に倒れたまま、何が起きたのか理解できていなかった。
「……え?」
起き上がり、自分の脚を見る。
「……俺、今なにした?」
周囲は、口を開けたまま固まっている。
「……蹴った?」
「いや……反射だろ?」
「あの身体……戦士のものじゃないか?」
誰も言葉を発せない。
ケンヤは立ち上がり、ズボンの埃を払う。
表情は、相変わらず……無垢だった。
頭の中にあるのは、ただ一つ。
どうやら……
俺は魔法の天才じゃない。
でも――
気絶して倒れているケントを見る。
どうやら……
別の意味で、強いらしい。




