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003


ケンヤは図書館に座っていた。


微動だにせず。


二時間が、まるで存在しなかったかのように過ぎていく。


ページは次から次へとめくられ、魔力の感知、属性の流れ、基礎的な水の形成まで。

一文一文を噛み砕くように読み、細部ひとつたりとも見逃さなかった。


本には、はっきりとこう書かれていた。


「初心者は、たとえ才能があっても、最初の一滴の水を生み出すまでに、通常は最低一か月を要する」


ケンヤは眉をひそめた。


「……一か月?」


小さく、笑う。


ありえない。


前の世界では、自分は天才だった。

一を聞いて十を知る。

他人が一年かかることを、自分は数週間で身につけた。


異世界に転生した途端、凡才どころか廃物?

魔法がないのはまだしも、知性まで失うわけがないだろう。


ケンヤは本を閉じた。


立ち上がり、深く息を吸い、右手を前に差し出す。


「……」


空気は静まり返っている。


本来なら――

ここから水が流れ出すはずだ。


ケンヤは力を込め始めた。


限界まで。


顔が少し赤くなり、腕の筋肉が張る。

精神を集中させ、水の流れ、渦、手のひらに集まるイメージを思い描く。


一分。

二分。

五分。


何も起きない。


十分が過ぎた。


「……はぁ」


ケンヤはため息をつき、手を下ろした。


「ふざけてるな……」


失望が、一気に押し寄せてくる。

劇的な絶望ではない。

現実に、平手打ちを食らったような感覚だ。


何もない。

天地を破壊する力もない。

システムもない。

背後に神がいるわけでもない。


ケンヤは俯いた。


「……まあ、いいか」


諦めかけた、その時――


自分の手のひらに目が留まった。


「……?」


濡れている。


湿り気。


ごくわずかだが、確かに。


ケンヤは目を見開いた。


「待て」


手を顔の近くに持ってくる。


「……水?」


心臓が強く打つ。


ありえない……

たった二時間だぞ!

本には一か月って――!


ゆっくりと、口元に笑みが浮かぶ。


「……なるほどな」


ケンヤは顔を上げ、目を輝かせた。


魔法がないわけじゃない。

ただ――他人より、覚えるのが圧倒的に早いだけだ。


それがただの汗である可能性は、完全に無視した。


「どうやら……この世界じゃ、俺は天才らしい」


ケンヤは笑った。


自信に満ちた笑み。

落ち着いた笑み。

そして――納得のいく自画自賛。


それから間もなく、ケンヤは訓練場に戻っていた。


さっきと同じ場所。


あの少年はまだそこにいて、小さな火球を作り出し、周囲には見物人が数人いる。


ケンヤの姿に気づくと、少年は眉を上げた。


「おや? 廃物が戻ってきたのか?」


ケンヤは真っ直ぐ歩いていく。


避けない。

迷わない。


少年の前で立ち止まる。


「おい」


訓練場全体が、静まり返った。


ケンヤは少年の目を見つめ、場違いなほど平然とした声で言う。


「俺が誰か、知ってるか?」


「……は?」


「その気なら――」


ケンヤは手を上げ、拳を握る。

さっきの動きを、完全に真似して。


「――俺と一戦、やろうぜ」


沈黙。


一秒。


二秒。


そして――


「……はぁ?!」


訓練場が、凍りついた。


近くにいた使用人は口を開け、

家人は目を見開き、

他の少年たちは顔を見合わせる。


――え?

今、この廃物、何て言った?


少年は瞬きをした。


そして……笑った。


大笑いではない。

興味深い冗談を聞いた時の、薄い笑み。


「……いいだろう」


拳を握ると、炎が先ほどよりも激しく燃え上がる。


「泣くなよ、宗家の長男」


ケンヤは背筋を伸ばした。


心の中で、確信を持って思う。


――安心しろ。

俺は天才だからな。


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