002
ケンヤは、まだ理解できていなかった。
なぜ彼らの視線は、ここまで同じなのか。
なぜ言葉にしなくても、侮蔑が伝わってくるのか。
なぜ宗家当主の長男という立場を持ちながら、空気のように扱われるのか。
ケンヤは一族の訓練場の前を通りかかっていた。
打ち合う音、荒い呼吸、魔力が弾ける音が絶え間なく響く。
ここだけ空気がまるで違う――熱く、鋭く、圧力に満ちていた。
その時――
「おい、ケンヤ!」
幼いが、挑発に満ちた声が響いた。
ケンヤは振り返る。
十三、四歳ほどの少年。
炎家の訓練服を身にまとい、目を輝かせ、口元には得意げな笑み。
少年は手を上げた。
ぎゅっと握る。
――ボンッ。
手のひらの上に、火球が現れた。
真紅の炎が渦を巻き、周囲の空気を歪ませるほどの熱。
周囲の者たちは驚きもしない。ただ当然のように眺めている。
ただ一人、ケンヤだけが――
「……?」
頭が真っ白になった。
炎。
魔法。
元の世界には存在しなかったもの。
「見ただろ?」少年は嘲笑うように言った。
「これが魔法だ。お前――」
一拍置いて。
「――には、絶対にないものだ」
反射的に、ケンヤは手を上げた。
何かを感じ取ろうとする。
熱。
魔力。
体の内を流れる何か。
……何もない。
反応はない。
光もない。
奇妙な感覚すらない。
ただ――空っぽだった。
心臓の鼓動が、ゆっくりと落ちていく。
「……そういうことか」
転生してから初めて、ケンヤはすべてを理解した。
ここは魔法の世界。
そして――自分には、魔法がない。
それは禁忌だった。
生まれながらに力が決まる世界で、魔法を持たないということは、社会的な死刑宣告に等しい。
侮蔑の視線。
警戒。
隠す気すらない軽蔑。
すべてが一気につながった。
ケンヤは俯いた。
……ふざけるな。
重たい感覚が、底なし沼のように彼を引きずり落とす。
物語なら、何かあるはずだろ。
最低でもハーレム。
神から与えられた力。
あるいはチート能力。
それなのに――何もない?
ケンヤの口元が、わずかに歪む。
それとも、まだ何か隠されているのか?
実は世界を滅ぼすほどの力を持っていて、誰も気づいていないとか?
……いや。
この身体は、残酷なほど正直だった。
ケンヤは背を向ける。
背後の笑い声も、
哀れみと嘲りが混じった視線も、
一切気にしない。
走り出す。
逃げるためではない。
答えを探すために。
炎家の巨大な一族図書館。
天井まで届く書架が、果てしなく続く。
古い紙、乾いたインク、そして時間の匂い。
ここは日本最強三大一族の一つが誇る知識の集積地。
ケンヤは中に入った。
誰も止めなかった。
魔法を持たない者が、魔法書を必要とするとは、誰も思わなかったからだ。
書架を歩く。
火属性。
火属性。
火属性。
炎家にふさわしい――炎最強の一族。
ケンヤは立ち止まった。
そして、手を伸ばす。
取り出したのは、一冊の本。
濃い青色の表紙。
『水魔法入門』
「……まあ、いいか」
炎の一族。
そこで、彼は水を選んだ。
合理性ではない。
誰も期待していないからだ。
ケンヤは本を開き、広い図書館の中央に座る。
光が、ページ一枚一枚を照らす。
読む。
真剣に。
静かに。
まるで文字をすべて飲み込むかのように。
外では、誰も気づかない。
炎の一族の図書館、その最奥で――
魔法を持たない一人の少年が、
今、魔法を学び始めていることを。




