017
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マーカスは訓練室の中央に立ち、腕を組んだ。
ゲームをしていた時のふざけた雰囲気は微塵もなく、そこにあるのは**本物の戦場を生き抜いてきた者の厳しさ**だった。
――「よく聞け、ケニヤ」
――「重力で最も重要なのは……力じゃない」
ケニヤは顔を上げ、真剣に耳を傾ける。
マーカスは指を一本立て、言葉を一つ一つ噛みしめるように言った。
――「周囲の空間を“感じる”ことだ」
ケニヤはわずかに眉をひそめる。
マーカスは続けた。
――「重力は、どこにでも存在している」
――「だが人間は、その中で生きることに慣れすぎて、認識すらしていない」
彼はケニヤの周りを数歩、ゆっくりと歩く。
――「空間を“空っぽ”だと思うな」
――「見えないが、重さを持つ物体だと想像しろ」
――「重力を学ぶ者は、重さを生み出すわけじゃない」
――「空間が本来持つ重さを、増やせと命じるだけだ」
壁にもたれていたライガが、低い声で付け加える。
――「だからこそ言われる」
――「二万人に一人いるかどうかだ」
ケニヤは息を呑んだ。
二万人に一人……?
マーカスは頷く。
――「そうだ」
――「大半は、最初の段階で脱落する」
――「空間を感じ取れないからだ」
彼はケニヤを真っ直ぐ見据える。
――「だが、ホムラケ家は違う」
――「お前たちの素質は……常人より遥かに高い」
――「だから――」
マーカスは手で合図した。
――「諦めるな」
訓練が始まった。
ケニヤは部屋の中央に立ち、目を閉じる。
空間……
空気……
周囲を感じ取ろうとする。
だが、何もない。
いつもと同じ、ただの空気。
――「魔法を使うな」
――「魔力も使うな」
マーカスが注意する。
――「ただ、感じろ」
ケニヤは深く息を吸った。
自分は空間の中に立っている……
それが、全身を包んでいる……
空間を、分厚い水の層のように想像し、
それを“押し潰す”イメージをする。
反応はない。
――「失敗だ」
マーカスは容赦なく言う。
二回目。
三回目。
十回目。
何も起きない。
汗が、ケニヤの背中を伝い始めた。
――「時間をかけて重さを増やせ」
――「無理に押すな」
――「重力は、強制されるのを嫌う」
だが、意識すればするほど、頭は混乱していく。
空間はどこだ?
自分は、何を感じている?
一時間が過ぎ、
二時間。
ケニヤの呼吸は荒くなる。
――「また失敗だ」
マーカスは首を振った。
――「お前は“意志”を使っている」
――「感覚じゃない」
ライガは離れた場所から見ているだけで、何も言わなかった。
一日目は、沈黙のまま終わった。
二日目。
ケニヤは再び挑む。
今度は、力を抜き、自分を縛らないようにした。
それでも空間は……沈黙したまま。
――「失敗だ」
三日目。
――「失敗」
五日目。
――「まだだ」
身体は疲れ切り、
精神も揺らぎ始める。
本当に、自分には才能がないのか?
名門の血なんて……
二万人に一人だなんて……
ケニヤは床に座り込み、膝に手をついて荒く息を吐いた。
――「俺は……」
――「本当に、習得できるのか?」
その声には、はっきりとした挫折が滲んでいた。
マーカスはしばらく彼を見つめ、やがて口を開く。
――「重力は、すぐに身につく技術じゃない」
――「失敗を受け入れた時に、初めて開く力だ」
ライガがついに口を出す。
低く、鋭い声で。
――「ここで諦めるなら――」
――「自分をホムラケの人間だと名乗るな」
ケニヤは拳を強く握った。
爪が、皮膚に深く食い込む。
違う。
まだ、終わりじゃない。
習得できていなくても……
何度失敗しても……
心の奥底で、ケニヤは分かっていた――
**最初の“感覚”に触れる瞬間は……もう、すぐそこまで来ている。**




