012
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「うわぁ……ここがアメリカか?」
ケニヤは歩きながら何度も首を回し、まるで初めて祭りに来た子どものように目を輝かせていた。
「ちょっと待って――あの人、めっちゃ美人じゃない?」
「えっ――こっちの人も?」
「アメリカって美人しかいないのかよ?!」
バシッ。
綺麗な一撃が、頭に直撃した。
「静かにしろ」
ライガが冷たく言う。
「変態が」
ケニヤは頭を押さえ、目に涙を浮かべる。
「なんで殴るんですか――」
「うるさいからだ」
ライガは襟首を掴み、そのまま引きずっていく。
二人が立ち止まったのは、古びたボクシングジムの前だった。看板は剥がれ、汗と金属の匂いが鼻を突く。中からはサンドバッグを殴る音、怒号、下品な笑い声が響いてくる。
ケニヤは周囲を見回し、呆然とした。
「……なんでここに連れてきたんですか?」
ライガは答えない。
そのままジムの中央に歩み出て、はっきりとした声で言った。
「このガキをボコボコにしたやつ――」
「――賞金は千ドルだ」
ジム内が一瞬で静まり返る。
そして――
「ハッ!」
身長二メートル近い大男が前に出た。冷蔵庫のような肩幅、盛り上がった筋肉、拳にはバンテージ。獲物を見るような目。
「俺がやる」
首を鳴らしながら笑う。「泣くなよ、ガキ」
ケニヤはごくりと喉を鳴らした。
……待て。
「ルールは?」と慌てて聞く。
ライガは腕を組む。
「身体強化の魔法だけ使え」
「幻術なし」
「広範囲攻撃なし」
「殺すな」
それを聞いて、ケニヤは少し安心した。
ああ、素手の殴り合いか。
これは慣れてる。
「分かりました」
袖をまくる。「大丈夫です」
試合開始。
ケニヤが先に飛び出す――
素早く、鋭く、連続攻撃。
ヒュッ――ヒュッ――!
だが――
相手は軽々とすべて回避。
下がらない。
焦らない。
首を傾け、ニヤリと笑う。
「もう終わりか?」
ドンッ。
雷をまとった拳が、ケニヤの胸に直撃した。
視界が暗転する。
ケニヤは吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
頭が鳴り、
肺が破裂しそうだった。
「――もう終わりか?」
男が近づき、拳を振り上げる。
空気が凍りついた。
ライガが一歩前に出る。
ドン――
気配が津波のように溢れ出す。ジム全体が震え、近くにいた者は膝をつき、顔面蒼白。男は硬直し、滝のように汗を流した。
「そこまでだ」
ライガが言う。
誰も逆らえない。
ライガは金を取り出し、札束を男の顔に投げつけた。
「金だ」
バサッ――
札が床に散らばる。
男は屈辱と怒りで震え、目を血走らせた。
ジムは水を打ったように静まり返る。
ケニヤは床に倒れたまま、荒く息をする。
……なるほどな。
「世界中に強者がいる」ってのは……
歪んだ笑みが浮かぶ。
……まずは、殴られて目を覚ませってことか。
ライガが見下ろす。
「立て」
「これはまだ準備運動だ」
ケニヤは目を閉じ、口の中の血を飲み込んだ。
「……はい」
アメリカでは――
天才に価値はない。
生き残った者だけが、先へ進める。




