010
ライガはケニヤを完全に無視した。
文字通り、完全に、だ。
人生を一生引きずるほどの一瞥をくれた後、彼はケニヤなど最初から存在しなかったかのように、そのまま一族の本殿へと歩いていった。
ケニヤは二秒ほど固まった。
――そして、その瞬間。
頭の中に、夏の太陽のように眩しいひらめきが走った。
待てよ……
この人、強い。
理不尽なほどに強い。
そこらの教師なんて、せいぜいサンドバッグにしかならないレベルだ。
➡️ だったら……師匠になってもらえばいいじゃないか?!
その瞬間から――
ライガが行くところ、ケニヤあり。
ライガが歩けば、三歩後ろをついていく。
ライガが止まれば、直立不動。
ライガが振り向けば、春の花が咲いたような満面の笑み。
「ライガ叔父さ〜ん」
「叔父さん〜」
「こんなに強いのに、教えないなんてもったいないですよ〜」
ライガは一言も発さない。
視線すら向けない。
だが、ケニヤは諦めなかった。
露骨なまでに媚び始めた。
――水を取りに走る。
――ライガの進む道を先に整える。
――しまいには、自分からマントを持つ始末。
一族の者たちは、信じられないものを見る目でそれを眺めていた。
あれは本当に少主なのか?
それとも拾ってきた子犬か?
だがライガは変わらない。
冷淡。
無言。
ケニヤを空気のように扱い続けた。
やがて、ライガはハルトの執務室へと入っていった。
扉が閉まると――
中の空気は、まるで別世界だった。
「久しぶりだな」ハルトが微笑む。
「相変わらず、予告なしで現れる」
ライガはマントを外し、自然に腰を下ろした。
「族長は、ちゃんと務まってるか?」
「死んでないなら、問題ないさ」ハルトは平然と答える。
二人の男――
形式も、遠慮もいらない。
実の兄弟だった。
外では、ケニヤが猫のように機会をうかがっていた。
そして、その瞬間――
彼は勢いよく部屋に飛び込んだ。
「父さん!」
「ライガ叔父さん!」
二人の男が同時に振り向く。
ケニヤは大きく息を吸い、深く頭を下げた。
「どうか、ライガ叔父さんに僕を鍛えさせてください!」
ライガは眉を上げた。
「断る」
短く。
簡潔に。
容赦なく。
それでもケニヤは諦めなかった。
一日目:頼む。
二日目:さらに頼む。
三日目:もっと図々しく頼む。
朝から晩まで、修練場から廊下、倉庫から一族の門まで、ライガに張り付いた。
三日目の終わり――
ライガが足を止めた。
隣ではハルトが、呆れと苦笑の混じった視線で息子を見ている。
「ライガ」彼が口を開く。
「この子は……他の子とは違う」
ライガはケニヤを見る。
今回は――本気の視線だった。
その眼差しに、ケニヤの背筋が凍る。
「先に言っておく」
「弱者は教えん」
「守らない」
「治療もしない」
「そして死んでも――自己責任だ」
ケニヤは唾を飲み込んだ。
そして……大きく笑った。
「じゃあ、引き受けてくれるってことですよね?」
ライガは数秒、沈黙した。
「……三日後だ」
「一人で来い」
それだけ言い残し、背を向けて歩き去る。
ケニヤは立ち尽くした。
そして拳を握り締め、胸の鼓動が戦太鼓のように鳴り響く。
くそ……
ついに、ラスボス級を師匠に捕まえた。
遠くで、ハルトは弟の背中を見送り、静かにため息をついた。
「この道は……」
「……決して楽じゃないぞ、ケニヤ」
だが今のケニヤの頭にあるのは、ただ一つ――
退屈だった人生は、ついに正式に終わった。




