087
黒は小さな部屋へと足を運んだ。
部屋は質素で、古びた木のベッドと、窓際に置かれた小さな机しかない。
ベッドの端に腰を下ろし、天井を仰ぎ見ると、胸の奥が不意に重くなった。
――この人生、自分は何のために生きているんだろう。
本当に望んでいるものは何だ?
目を閉じる。
苦しみや辛さ、身体と心に刻まれた傷跡――それらが冷たい流れとなって押し寄せてくる。
黒はそのまま横になり、記憶に身を任せた。
幼い頃の光景が脳裏に浮かび上がる。
風が吹き抜ける丘の上を走り回り、蝶を追いかける小さな黒。
その後ろから、無邪気な妹のハルが笑顔で叫びながら追いかけてくる。
「待ってよ、クロ!」
のどかな風景の中、母の声が遠くから響いた。
「こら、二人とも。ご飯だよ!」
「はーい!」と幼いクロは満面の笑みで叫び返し、夕日に照らされた小さな家へと駆けていく。
「捕まえてみろよ!」
記憶はそこで薄れていき――残されたのは、ベッドに横たわる今の黒、ただ一人。
胸の奥に、言いようのない寂しさがこみ上げる。
――あの頃の生活は、本当に美しかった。
重たい瞼に抗えず、黒はそのまま眠りに落ちていった。
――
翌朝。
朝の光が窓から差し込み、黒の顔を照らす。
体を起こして伸びをするが、その瞳にはまだ疲れの色が残っていた。
それでも、人生は続いていく。
黒はいつも通りの鍛錬を始める。
技を磨き、この世界についての知識を学び続けた。
休憩の合間、ふと空を見上げる。
青く澄んだ空、差し込む暖かな光――それが心を揺さぶる。
――今、友達がいてくれたら。
頭をよぎるのは、ひとつの名前。
ジェイム。
今、彼はどこで何をしているのだろうか……。
黒は拳を握り、そして力なく開いた。
認めたくはない。だが、真実はひとつ。
――自分は寂しい。
友を想っている。
ただ、誰かと共に歩みたいだけなんだ。
小さな部屋の中、窓の外を見つめる黒の横顔は、朝の光に溶けていく。
淡く、儚く、そして深い孤独を抱えながら――。




