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初日の修行、道場主は多くを語らなかった。


彼は粗末な布を取り出すと、容赦なくクロウの目を覆った。




「危険を感じ取れ。目に頼るな。


体術とは筋肉の力だけではない。本能、反射、生き残るための感覚だ。


光が消えたとき、ただ視覚に頼る者は死ぬ。」




低く掠れた声が、空っぽの稽古場に響き渡る。それは教えというより警告のようだった。




すぐに彼は二人の弟子を呼び寄せた。どちらも四年以上修行を積んだ者で、体は引き締まり、一撃一撃が鋼のように重い。


「お前たちの任務は、奴をひたすら攻め続けることだ。反撃させるな。避けることだけを学ばせろ。」




弟子たちは口元を吊り上げ、楽しげに頷いた。目隠しされた新入りを叩ける機会など、格好の遊びに思えたのだ。




クロウは深く息を吸った。目の前は漆黒の闇。胸の奥に一瞬、不安が芽生えたが、すぐに決意が飲み込んだ。




「始めろ!」




風が裂ける音。拳が頬を打ち抜き、クロウは床に転げた。次の瞬間、足払いの蹴りが脇腹にめり込み、呼吸が止まる。




初日、クロウは一方的に叩きのめされた。殴打、蹴撃、肘打ち――次々と降り注ぎ、全身は痣だらけ。倒れても立ち上がり、また打ち倒される。その繰り返しが十五時間。短い水休憩を挟むのみで、筋肉は悲鳴を上げ、呼吸のたびに痛みが走った。




だが、その暗闇の奥の瞳――決して炎は消えなかった。




二日目、三日目……クロウはまだ殴られ続けた。だが、次第に変化が訪れる。拳が迫る前に、空気の揺れを微かに感じる。靴底の擦れる音、荒い息遣い、それらが全て合図となる。




耳は研ぎ澄まされ、体は素早く動くようになった。全てを避けられるわけではないが、被弾は確実に減っていった。




道場主は遠くから腕を組み、鋭い目で観察していた。


「ふむ……こいつ、資質は悪くない。」




そして十三日目。試練は一段と過酷になった。今度は二人ではない。


道場主は 十人の弟子 を呼び集めた。それぞれがクロウより遥かに強く、速く、熟練している。




「群れ狼の中で生き延びろ。耐えられぬなら、お前に体術を学ぶ資格はない。」




再び目隠しが結ばれ、世界は闇に閉ざされた。十の足音が一斉に鳴る。心臓が激しく鼓動し、胸を打ち破りそうになる。




「来いよ……」クロウは小さく呟いた。




嵐のような攻撃が襲いかかる。左から右から、上から下から。肩に拳、背中に蹴り。必死に避けるも、打撃は容赦なく体を捉えた。骨は軋み、汗と血が頬を伝う。




しかし、倒れながらも立ち上がるたび、クロウは強靭になっていった。腹筋は自然に固まり、聴覚は鋭くなり、背後から迫る気配さえ感じ取れるようになる。




日々繰り返される暴風の稽古。身体は鋼のように鍛えられ、耳は一息の乱れすら聞き分ける。倒されても、すぐに立ち上がる――その執念だけがクロウを支えていた。




それはただの体術訓練ではなかった。


生存の意志を叩き込む試練 だった。




道場主は冷たい笑みを浮かべながら、その姿を見つめる。


「こいつ……最後まで耐えきるかもしれん。いや、私の弟子どもよりも、遥かに高みに至るやもしれん……」

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