062
その日の昼、クロはたった二時間だけ休憩を許された。
草の上に倒れ込んだ彼の背中は汗でびっしょり、心臓は今にも破裂しそうに鼓動していた。
ようやく少し眠りについたとき──
パチンッ!
乾いた指を鳴らす音が響き、クロはびくりと目を開けた。
白い煙の中から、ジェイムとそっくりな二体の分身が現れた。
「起きろ、坊主。午後の訓練だ。」
ジェイムは淡々と告げる。
クロはよろよろと体を起こし、顔をしかめた。
「まさか……また殴られるのか?」
「そうだ。でも今回はちょっと違う。」
ジェイムは腕を組み、口元をゆがめる。
「反撃禁止、回避も禁止。ただ耐えろ。倒れるまでな。」
クロは唾を飲み込むと、渋々立ち上がり、体を覆うマナの防御を展開した。
「始めろ!」
合図と同時に二体の分身が猛獣のように飛びかかる。
腹に重い拳がめり込み、クロはくの字に折れた。息を吸う間もなく、足払いを食らって地面に叩きつけられる。
「立て!まだ終わりじゃない!」
クロは歯を食いしばり立ち上がる。再び拳の雨が襲いかかる。
腹、顎、脇腹──全身に痛みが走る。
クロが倒れるたび、もう一体の分身が回復魔法で傷を癒やし、再び立たせる。
十五分後、クロの体は痣だらけになり、息も絶え絶え。
しかしジェイムは岩に腰掛け、あくびを一つ。
「まだ骨は折れてねえな……なら、もう一段階上げるか。」
パチンッ!
三体目の分身が現れた。
「三体で攻撃、一体で回復だ。耐えきってみろ!」
乾いた音と肉のぶつかる音があたりに響き渡る。
クロは唇を噛み切り、血が垂れても、歯を食いしばって立ち続けた。
防御のマナを最大まで高め、ひたすら殴打に耐える。
時間の感覚が消えるほど、何度も倒され、何度も回復させられ、再び殴られる。
夕日が沈む頃、クロは地面に立ったまま震えていた。
「……はぁ……はぁ……」
ジェイムがようやく立ち上がり、パンパンと手を打つ。
「よし、今日はここまでだ。まあまあやるじゃねえか。」
クロはその場に崩れ落ち、荒い息の合間に言った。
「……今日……は……どの酒がいい……買ってくる……」
ジェイムは大笑いした。
「ははは! ガキ、まだ勘違いしてんのか?俺が教えてるのは酒のためじゃねえ。お前が面白えから教えてやってんだよ。魔力に頼りきりのひ弱な坊主を、ちゃんと生き残れる戦士に変えてやるためにな!」
彼はクロの肩をバンと叩き、笑いながら歩き去った。
「食え、寝ろ。明日は今日の倍キツいぞ。」
クロはその背中を見送りながら、悔しさと不思議な高揚感を覚えた。
「……くそじじい。でも……確かに強くなってる。」
拳をぎゅっと握りしめ、体中に熱がこみ上げてきた。




