059
黒クロは昼過ぎに目を覚ました。
腹のあたりがまだ少し痛む。手でそっと押さえ、歯を食いしばった。
「くそっ……たった一発で倒された……」
だが同時に、あの男の言葉が脳裏をよぎる。
お前の戦い方はまだまだ甘い。
力だけに頼ってたら、いずれ死ぬぞ。
黒は深く息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。
──やっぱり、あいつの言う通りかもしれない。
このまま独学で戦い続ければ、いずれもっと強いやつにやられて終わるだろう。
俺には師匠が必要だ。
その日、黒は街中を歩き回った。
掲示板、路地裏、酒場の壁にはこういう張り紙が並んでいる。
「三日で分身習得!」
「透明化速習コース! 成功保証!」
「たった5000ジャックで一週間後には一流魔術師!」
黒はポスターを見ただけで鼻で笑った。
「三日で分身? バカ言え……」
朝から晩まで探し続けたが、信用できる相手は一人も見つからない。
諦めかけていたその時、近くの酒場から怒鳴り声が響いた。
「出て行け! ツケで飲んで、しかも店を壊しやがって!」
店主がひとりの男をつかんで外へ放り出した。
男は道端に倒れ込み、酒臭い息を吐いた。
黒は目を細める。
──あいつ……昨日俺を倒したやつだ!
黒は歩み寄り、肩を揺すった。
「おい、あんた!」
男はうつろな目を開け、酒臭い声で答えた。
「……聞きたいなら聞け。でも先に酒をくれ……」
黒は眉をひそめ、店主に聞いた。
「この人、何を頼んでたんですか?」
「ヴェスト酒を二本だ! 毎回ツケで飲みやがるし、店の椅子を壊したんだぞ!」
黒は歯を食いしばる。
ヴェスト酒は高級品、一瓶1950ジャック。
二本で3900ジャック──貯めていた金がほとんど吹き飛ぶ額だ。
「……俺が払う。二本くれ。」
店主は目を丸くしたが、金を数えると肩をすくめて酒を渡した。
黒は一本を男に放り投げる。
「これで少しは落ち着いただろ? 聞きたいのは一つだ。」
男はごくごくと飲み、一息ついた。
「言ってみろ。」
黒は拳を握りしめた。
「俺に戦い方を教えてくれ。あんたみたいに強くなりたい。」
男は片眉を上げ、にやりと笑う。
「で、教えたら俺に何の得がある?」
黒はもう一本の酒を地面に置き、真剣な目で言った。
「酒だ。毎日一本、必ず持ってくる。だから、俺を鍛えてくれ。」
一瞬の沈黙。
男はじっと黒を見つめ、表情を引き締める。
やがて、にやっと口角を上げた。
「いいだろう。ただし──一度始めたら、泣き言は許さんぞ。」
「望むところだ。」
男は立ち上がり、腕を伸ばして背伸びをする。
「よし、面白くなってきた。……訓練は今夜からだ。」




