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試合の一週間前、クロウはほとんど宿に姿を見せなくなった。


毎日、朝から深夜まで郊外の空き地でひたすら修行を続ける。


拳を打ち込み、炎の玉を放ち、爆ぜる音が闇夜に響いた。


汗で全身がびしょ濡れになり、手のひらは焼けるように熱い。


それでもクロウは歯を食いしばり、動きを止めなかった。




「負けられない……今度こそ絶対に負けない。」


彼はつぶやき、血がにじむほど拳を握りしめた。




その夜、満月が高く空にかかっていた。


クロウは疲れ果てて空き地に座り込み、安物の水を一気に飲み干す。


荒い息が夜気に溶け、地面に汗がぽたりと落ちる。




「ハハハハハ……」




背後からしわがれた笑い声が響いた。


クロウは反射的に振り返る。


そこには三十代半ばほどの男が立っていた。


ボロボロの服、酒臭い息、まるで浮浪者のような姿。




男はふらつきながら近づき、クロウを見て鼻で笑った。




「そんなものが……修行だと?」


「お前、ただ火遊びしてるガキにしか見えねぇぞ。」




クロウの顔がピクリと引きつる。


その言葉は、彼のプライドを真正面から踏みにじった。




「何がわかる!」クロウは怒鳴った。


「アンタが俺に勝てる保証なんてねぇだろ!」




男は口の端を吊り上げ、肩をすくめた。


「それは俺の台詞だな。お前が俺に勝てるわけねぇ。」




その挑発にクロウの怒りが爆発する。


炎が腕に燃え上がり、地面に影が踊る。




「いいだろ……来いよ!」




男は月明かりの下で腕を広げ、手招きした。


「ほら、かかってこい。」




クロウは叫び、雷鳴のような速さで突進する。


燃える拳が男の顔を狙う。


だが——ヒュッと風を切る音だけ。


男は軽く頭を傾けてかわした。




クロウはさらに加速した。


炎が爆ぜ、拳と蹴りが嵐のように降り注ぐ。


夜の空気が灼熱に変わり、地面がひび割れる。




だが何度打ち込んでも、当たらない。


男の身体はまるで煙のように、すり抜ける。




「逃げるな!」クロウは叫び、


両手を合わせ、巨大な炎を生み出した。


轟音とともに炎が空き地を飲み込み、夜空が赤く染まる。




しかし、炎が消えた後も男はそこに立っていた。


かすり傷ひとつなく、あくびをしている。




「眠いな……こんなのが攻撃か?」


「火なんて誰でも対策知ってる。他の属性は使えないのか?」




クロウは悔しさに歯を食いしばり、次々と別の属性を放った。


雷、氷、風——だが結果は同じ。


全てが霧散するように消え去った。




「へぇ、色々使えるんだな。」男は笑った。


「でも、どれも弱すぎる。」




次の瞬間、男の姿が消える。


気づけばクロウの背後に立っていた。


冷たい手が首に触れる。




「はい、終わり。」




クロウは歯を食いしばる。


「まだだ! 俺を殴ってみろ! 決着つけろ!」




男は小さくため息をつき、


軽く拳を振るった。




——ドスッ。




ほんの軽い一撃だった。


だがクロウの視界は一瞬で真っ暗になり、


そのまま地面に崩れ落ちた。




男はしばらくクロウを見下ろし、口角を上げる。




「やっぱり面白い奴だ……でもまだまだヒヨッコだな。」

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