052
その夜、クーロは見つけた壁の隙間で死んだように眠った。
もう恐怖も不安も感じず、ただ全身の力が抜けていた。
「とにかく寝よう…明日はちゃんと食べて、試合に行かなきゃ…」
そう呟きながら、クーロは深い眠りに落ちていった。
翌朝、まだ空が明るくなり始めたころ、クーロは目を覚ました。
体を大きく伸ばし、ひんやりした朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
気持ちを切り替えるため、彼は腕立て伏せ、腹筋、ストレッチ、ジャンプと簡単な運動を始めた。
汗がじんわりと滲み、体が軽く、頭もすっきりしていく。
広場に着いた時、東ハデシュはまるで祭りのように賑わっていた。
色とりどりの旗がはためき、魔力スピーカーが大きな声で抽選結果を読み上げている。
家族連れ、選手たち、見物人、旅行客が入り混じり、名前が呼ばれるたびに歓声が響き渡った。
道の両側には屋台がずらりと並び、護符やお守り、ミニ魔法杖、歴代チャンピオンのポスターや人形が売られている。
屋台からはパンの焼ける匂い、肉の香ばしい匂いが立ち上り、あたり一面を満たしていた。
広場の隅には賭け屋まであり、人々は興奮気味に声を張り上げていた。
「次の試合は左の剣士に賭けろ!倍率は二倍だ!」
「南方から来た若い剣士らしいぞ、まだ十五歳なのに連勝してるってよ!」
クーロはしばらくその光景を見ていたが、やがて静かな場所を探して歩き出した。
広場の端のベンチに座り、肩や足を回してウォーミングアップを始める。
時々、中央の闘技場を見上げ、出場者たちの動きを観察した。
やがて時計の針が10時を指すと、魔力スピーカーの声が響く。
「第27試合の選手、準備してください!クーロ選手、集合場所へ!」
心臓がどくんと跳ねる。
クーロは急いでチケットを取り出し、スタッフに手渡した。
スタッフは頷き、クーロを大きな扉の向こうへ案内する。
そこは選手専用の待機室だった。
円形の部屋には明かりが灯り、武器の油の匂いと汗の匂いが混じり合っている。
部屋の中にはすでに数人の選手がいた。
──剣を研いで火花を散らしている者。
──目を閉じ、呪文を唱えて周囲に魔法陣を浮かべている者。
──深呼吸を繰り返し、肩や手首をほぐしている者。
クーロは壁にもたれ、腰のバッグを強く握りしめた。
大きく息を吸い込み、心臓がドラムのように鳴るのを感じる。
「いよいよだ……これがハデシュでの最初の戦い。」
その瞬間、空腹も疲れも吹き飛び、胸の奥に熱いものが湧き上がった。
ただひたすら、闘技場に立つ瞬間を待ち望んでいた。




