051
翌朝、ハデシュ東広場は人でごった返していた。
旗が風にはためき、魔力拡声器の声が次々と抽選の順番を告げる。
家族連れ、参加者、観光客がぎゅうぎゅうに押し合い、
有名な闘士の名前が呼ばれるたびに歓声が上がった。
通りの両側にはお守りや魔杖、焼きたての料理を売る屋台が立ち並び、
香ばしい匂いが一帯に漂っていた。
クロは少しの間だけ外から様子を眺め、すぐに踵を返した。
腹はぐうぐう鳴り、ポケットには一枚のコインもない。
「まず何か食わなきゃ……このままじゃ今日の夜、餓死しそうだ。」
彼はつぶやきながら、辺りをきょろきょろと見回した。
広場の裏手の路地をふらふらと歩いていると、
低い声が彼を呼び止めた。
「おい坊主、腹減ってんだろ?」
クロはびくりと振り返った。
そこには小麦粉で汚れた前掛けをつけた中年の男が立っていて、
屋台からは焼きたてのパンの香りが立ち上っていた。
その匂いだけで、クロの腹がさらに大きく鳴った。
彼は一瞬ためらった。
昨日の夜の嫌な記憶が頭をよぎる。
しかし、空っぽの袋を握りしめ、心の中でつぶやいた。
もう失うものなんてない……
「はいっ!」
クロは勢いよくうなずいた。
男はくくっと笑い、クロに三角巾を渡した。
「じゃあ手伝え。皿洗い、配膳、テーブル拭きだ。
終わったら飯と金をやる。」
クロは黙々と働いた。
テーブルを拭き、水を運び、汗だくになりながらも必死で動いた。
客の声、焼き立てパンの香り、肉の焼ける匂い――
その全てが彼の背中を押した。
昼頃になると、男は小さな袋をクロに渡した。
中には熱々のパンが三つと、五十ジャックの硬貨が入っていた。
「これが今日の分だ。しっかり食え。明日に備えろよ。」
袋の温もりがクロの手から体に伝わり、
思わず目頭が熱くなった。
彼は何度も頭を下げ、深く礼を言った。
ハデシュに来てから初めて、
もう一日、生きられるかもしれない――
そう思えた瞬間だった。クロはパンをかじりながら、広場へと戻った。
抽選会はすでに終わっていて、人だかりの中心には大きな魔法板が設置され、
そこに全試合の対戦カードが映し出されていた。
観客や参加者たちが名前を指差して盛り上がっている。
クロは人混みをかき分け、目を凝らして自分の名前を探した。
――あった。
「第27試合 明日10時30分開始」
思わずごくりと唾を飲み込む。
たったの一行なのに、胸の奥がざわざわと騒ぎ出した。
いよいよだ……
彼は最後のひと口を飲み込み、
自分の拳をぎゅっと握りしめると、
明日に備えるため、静かにその場を離れた。




