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黒くろは、登録用紙を手に握りしめたまま、まだ開いて読もうとしなかった。
目の前の景色が、まるで新しい世界に足を踏み入れたかのように、心を奪っていく。
通りの両側には、魔力で光る店がずらりと並んでいた。
勝利のお守りを売る屋台、
去年の優勝者の顔がプリントされたブローチや旗を並べる露店、
一口食べれば髪が光ったり、青い煙を吐けるようになる魔法お菓子まであった。
音楽、呼び声、香ばしい匂いが入り混じり、黒の心はまるで祭りの渦に放り込まれたようだった。
だがポケットに触れるたび、現実に引き戻される。
──お金は一枚もない。荷物も全部なくなった。
夕日が沈みかけたころ、黒は静かな裏路地に迷い込んだ。
壁の角に、古びた木の看板がかかっている。
「旅人のための宿 無料 夜明けまでに退室してください」
黒はしばらく迷ったが、そっと扉を押して中に入った。
中は小さな部屋で、薄暗いランプが一つだけ灯っていた。
数人の男女が無言でおかゆをすすっている。
中年の女性が近づき、柔らかな声で言った。
「坊や、泊まるところがないなら、空いているベッドがあるわ。
質素だけど、少なくとも暖かいからね。」
黒は深々と頭を下げ、薄い毛布を受け取った。
ベッドは古い二段ベッドで、登るたびにギシギシと音を立てる。
湿った木の匂いと、かすかな煙の匂いが漂っていた。
天井のひび割れを見つめながら、黒は今日一日を思い返した。
荷物を失い、絶望して、そして偶然この大会を見つけた。
最後にはこうして、見知らぬ人々の中で眠ることになるなんて──まるで夢のようだ。
黒は登録用紙をぎゅっと握りしめ、心の中でつぶやいた。
「明日こそ……変えてやる。絶対に負けない。」
外では冷たい風が戸の隙間から入り込み、部屋を揺らす。
しかし黒の胸の奥では、心臓が熱く、早鐘のように鳴っていた。
まるで何かが始まる合図のように。黒は古びたベッドに横になりながら、なかなか眠れなかった。
無意識にポケットへ手を伸ばすと、カサカサと紙の音がした。
取り出してみると――昼間、受付の人から渡された大会の案内だった。
ランプの薄明かりに照らされ、魔力で刻まれた文字が淡く光り、まるで生きているかのように揺らめく。
【ハデシュ若き才能大会・案内】
開催周期: 2年に一度
形式: 1対1の個人戦 ― 魔法・武器・技能、何を使ってもよい
優勝賞品:
優勝: 賞金 50,000JAC + Sランク魔力メダル + 「若き勇士証明書」
トップ10: ソララの主要ギルド(魔導師ギルド・魔力鍛冶師ギルド・王国軍団)への直接試用権
参加特典: ハデシュ市の武具・魔道具マーケット3割引券
日程:
明日: 組み合わせ抽選
明後日: 予選(64名になるまで連戦)
3日目: 本戦(観客入り、魔晶通信で全ソララに生中継)
ルール:
相手を殺害する行為は禁止
闘技場を破壊した者は即失格
降参する場合は手を挙げ「降参」と宣言
黒は読み終えると、手が少し震えた。
――五万JAC。
この金額があれば、この街で一年は生きられる。
さらに、もしトップ10に入れば、正式なギルドに入団でき、住む場所も仕事も手に入るかもしれない。
黒は壁にもたれて座り直し、胸の奥が熱くなるのを感じた。
今日という日が絶望から始まったとしても、最後には希望が差し込んできたのだ。
黒はその紙を握りしめ、今にも破ってしまいそうな力で呟いた。
「明日が…最初の一歩だ。
勝てば…全部変わる。」
窓の外では満月が高く浮かび、黒の影が壁に伸びていた。
その瞳はまるで炎のように揺らめいていた。




