048
翌朝、狭い窓から差し込む朝日が、まっすぐ顔に当たり、クロは眉をひそめた。
目をこすり、背伸びをし――そして、凍りついた。
背負っていたはずのバッグが、消えていた。
クロは跳ね起き、シーツや枕をめくり、ベッドの下を覗き、棚も開けて確認する。
……どこにもない。
わずかなコインも、着替えも、防寒用の上着さえも、跡形もなく消えていた。
心臓が激しく脈打ち、喉が詰まる。
クロは部屋を飛び出し、息を切らして受付へ駆け下りた。
「き、昨日一緒に来たあの人は!?どこに行った!?」
受付のふくよかな女性は、カップを拭きながら面倒くさそうに答えた。
「昨夜の真夜中に出て行ったわよ。ああ、それとね、あんたの部屋、今日でカードの期限が切れるから。今夜までに出ていってね。」
クロはその場に立ち尽くした。
街の喧騒が遠のき、耳には自分の心臓の音だけが響く。
ゆっくりと顔を伏せ、両手で髪を掻きむしる。
「なんで……どうしてこんなことに……」
ふらふらと部屋に戻り、冷たい床に崩れ落ちる。
バッグはない。
お金もない。
頼れる人もいない。
巨大な都市で、ただ一人。
着ている服以外、何も持たない異国の少年。
クロは膝を抱え、震える足を押さえつけた。
頭の中では最悪の光景が次々と浮かぶ。
宿から追い出され、街をさまよい、警備兵に捕まり、スリに襲われ……
もしかしたら、もっと酷いことになるかもしれない。
唇を噛みしめ、血がにじむ。
目が熱くなるのに、涙は出てこない。
全身から力が抜け、ただ天井を見上げて倒れ込む。
遠くから鐘の音が聞こえ、ハデシュの朝が始まったことを告げている。
外の世界は今日も動き続ける。
人々は食べ、笑い、取引をする。
だが、クロには――
この部屋を追い出されるまで、残された時間はほんの数時間しかなかった。




