047
クロの足が黒い石畳の道に触れた瞬間、思わず立ち止まった。
車の煙の匂い、甲高いクラクション、人々の話し声――
すべてが混ざり合い、耳をつんざくような騒音となって押し寄せる。
こんなに人が多い場所は、生まれて初めてだった。
前方では、巨大な魔石看板がまぶしく輝いていた。
有名な女魔法使いが最新式の魔杖を紹介しており、
あふれ出る魔力が花火のようにきらめいている。
さらに遠くでは、荷物を積んだ飛行車が空を滑り、
青白い光の尾を残して消えていった。
クロは腰の布袋をぎゅっと抱きしめる。
胸の鼓動が、まるで戦鼓のように早くなる。
そのとき、不意に隣から声がした。
「おい、坊主。ここに来るのは初めてか?」
振り向くと、灰色の外套を羽織った中年の男が立っていた。
肩には小さな炎の鳥――梟のようだが、橙色に輝く瞳が印象的だった。
男はしばらくクロを観察した後、ふっと笑った。
「見りゃわかるさ。
ハデシュでそんなふうに道の真ん中でぐるぐる回ってりゃ、
スリどもの格好の獲物だぞ。」
そう言うと、男は指をぱちんと鳴らした。
炎の鳥が空へ舞い上がり、金色の光を残して先へ進む。
「ついて来い。宿を紹介してやる。」
クロは一瞬ためらったが、結局その背中を追いかけた。
街はますます賑やかになり、
屋台から漂う焼き菓子の香り、薬草や魔力薬の匂い、
溶けた金属の熱気まで入り混じり、クロの頭をくらくらさせた。
やがて、二人は細い路地に入り、
古びた宿屋の前にたどり着いた。
看板には淡く光る文字でこう書かれていた――
『月光宿 ──旅人歓迎』
宿の主人らしき白髭の男がクロを一瞥し、
外套の男と視線を交わすと、無言でうなずいた。
「二階の部屋を貸してやれ。代金は俺のカードから落としてくれ。」
クロは目を丸くし、あわてて口を開いた。
「で、でも……お金なんてありません……!」
男は手をひらりと振った。
「気にするな。数日くらい泊まってろ。
仕事を見つけたら、そのとき払えばいい。」
しばらくじっとクロを見つめ、穏やかに微笑む。
「俺もな、昔はお前と同じ“流れ者”だった。
最初は怖い街だが……ここで生き抜けば、
きっとお前を強くしてくれる場所になる。」
そう言うと男はくるりと背を向け、
人混みの中へと消えていった。
クロは部屋へ入り、硬いベッドに腰を下ろした。
窓の外では、夜になっても街が昼のように輝き続け、
車輪の音、足音、そして魔法の火花の音が絶えず響いていた。
クロは拳を握りしめる。
「よし……ここからが本当の始まりだ。」




