045
車はゴトゴトと揺れながら、大橋へと続く道を進んでいた。
クロウは後部座席に座り、まだ口の中に残る温かいお茶の香りを思い出していた。
ハンドルを握る中年の男は、がっしりとした体格をしており、無骨な手が固くハンドルを掴んでいる。
彼はルームミラー越しにクロウをちらりと見て、ふっと笑った。
「驚いたか? さっきの爺さんな……村じゃ“茶爺”って呼ばれてる。誰であろうと、訪ねてくる者には必ず一杯の茶を出すんだ。」
クロウは目を瞬かせ、少し首を傾げた。
「いつも……ああやってるんですか?」
男はうなずき、視線を前方へ戻した。
「ああ。あの人自身も、かつては異国から流れ着いた身だからな。だが──あの時、生き残ったのは本人だけだった。」
クロウの胸が強く波打つ。
「まさか……それって……」
男はしばし沈黙し、深く息を吐いてから低く語り始めた。
「彼は息子と一緒にこのソララへ密航してきた。だが、海軍に見つかってな……息子はその場で殺された。父親を守ろうと前に立っただけなのに、情け容赦なく撃たれたんだ。」
車内に重苦しい沈黙が落ちる。
エンジンの唸りと、窓の外を切り裂く風の音だけが響いていた。
「それからだ。」男の声はさらに低くなった。
「爺さんは生き延びたが、心の半分は死んだままだ。村を出ることもなく、ずっとあそこで茶を淹れ続けている。異国の者が訪れるたび、一杯の茶を差し出す。それはまるで……息子が生きていた証を残そうとしているかのようにな。」
クロウの胸が締めつけられる。
あの優しげな瞳の奥には、そんな深い痛みが隠されていたのか。
男は小さく笑みを浮かべた。
「きっとお前に茶を渡したのも……自分の息子と重ねたからだろうな。あの人は口には出さねぇが、村の誰もが知っている話さ。」
クロウは下を向き、拳を強く握りしめた。
「……俺は、生きる。自分のためだけじゃなく……あの人の息子のためにも。」
男はルームミラー越しに少年を見て、少し驚いたように目を細め、それから静かにうなずいた。
「その言葉、忘れるなよ。ソララに足を踏み入れた以上、生き残る以外に道はないんだからな。」
車はガタンと揺れ、大橋の坂を登り始める。
窓の外、光り輝く都市の輪郭が少しずつ現れていく。
クロウの胸は高鳴り、同時に重みを増していった。
その先に待つのは希望か、絶望か──彼自身もまだ知る由もなかった。




