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044

炎の力を足に集中させ、クロウは大きく息を吸い込んだ。


次の瞬間、彼の全身を覆うように炎が燃え上がり、爆発的な推進力で海面を蹴り飛ばす。




「──ッ!」




風が耳を切り裂くように鳴り響き、熱が背中を押し上げる。


水飛沫を遠ざけながら、クロウの身体は弓矢のように空へと飛び出し、ついに岩だらけのガスバッグ島の岸辺へとたどり着いた。




ぎこちなく着地しながらも、彼は立ち上がることに成功した。


額に汗をにじませながら、小さくつぶやく。


「……やっと、着いた。」




島の中心へと続く細い土道を、クロウは歩き始めた。


周囲は濃い緑に覆われ、鳥の鳴き声や風に揺れる葉のざわめきが耳に心地よい。


潮の香りがまだ衣服に染みついている。




二十分ほど歩いただろうか。


やがて視界が開け、小さな村が姿を現した。


古びた瓦屋根の家々からは、煙突から白い煙が立ちのぼり、遠くからは子どもたちの笑い声が聞こえてくる。


その穏やかな光景に、クロウは思わず立ち止まり、目を見張った。




すると、ひとりの老人が軒先から姿を現した。


痩せた体つきだが、その瞳は優しく輝いていた。手にはまだ湯気を立てる急須がある。




「おや、疲れているようだな。ほら、一杯どうだ。」




老人は茶碗を差し出した。


クロウは少し戸惑いながらも、礼を言ってそれを受け取る。


温かい茶の香りが鼻をくすぐり、苦みと甘みが喉を通り抜けていく。


体の疲労が、ほんの少し和らいだように感じられた。




「……ありがとうございます。」




老人はにこりと笑い、目を細めて言った。


「お前さん、異国の人間だろう?」




クロウは驚いて目を見開いた。


「な、なんで分かったんですか?」




老人は呵々と笑い、白い髭を揺らした。


「どうして分からぬはずがある。ここへやって来るのは、お前さんだけではない。これまでにも何人も見てきた。成功する者もいれば、途中で倒れる者もいた……。顔つきや歩き方を見れば、すぐに分かるものだ。」




クロウは言葉を失い、胸の奥に複雑な感情が湧き上がった。




「だが、安心しなさい。」


老人は続けた。


「もし本当に大陸へ渡りたいのなら、ちょうどいい機会だ。知り合いがこれから車で大橋を渡る。頼んでやろう。お前さんもその車に乗れば、軍に怪しまれることなくソララの本土へ入れるはずだ。」




「く、車に……?」


クロウは初めて聞く言葉をぎこちなく繰り返した。




老人は目を細めて笑った。


「そうだ。お前さん、まだ一度も乗ったことがないんだろう?」




クロウは顔を赤らめ、小さくうなずいた。


生まれ育った国では、そんな文明の利器など影も形もなかった。




その時、ゴロゴロと低い音が近づいてきた。


一台の小さなトラックが家の前に止まり、運転席から人のよさそうな中年の男が手を振る。




「乗りな、坊主! すぐに橋を渡るぞ!」




クロウは胸の鼓動を抑えきれず、車に乗り込んだ。


ドアが閉まる音、エンジンの振動、ガソリンの匂い──どれもが初めての体験だった。




窓の外を見れば、小さな村がゆっくりと後ろへ遠ざかり、やがて目の前には巨大な橋が現れる。


海をまたぎ、人と車がひしめき合うその橋の先には──憧れの国、ソララが待っていた。




クロウは拳を強く握りしめ、心の中でつぶやいた。


「……ついに。ついにソララへ──。」

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