表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/124

043

太陽は高く昇り、海面は白銀に輝いていた。小舟は幾つも散り、黒い点のように大海原に漂っている。クロウは額の汗を拭い、黄金色の瞳を細めた。




「奥さん……水の魔術は使えますか?」


焦り混じりの声で尋ねると、痩せた母親は幼い娘を抱きしめながら、小さく頷いた。


「ええ……長い間使っていませんが、やってみましょう。」




クロウは深く息を吸い込み、両手を海面へとかざす。微かな魔力が体内から溢れ出し、周囲の水を震わせる。母親も震える手で詠唱を口にし、次の瞬間、海流が渦を巻き、小舟を押し出すように走らせた。




「しっかり掴まって! 絶対に手を離しちゃだめよ!」


母親は娘にそう囁く。少女は泣きはらした目を見開き、必死に母の首へとしがみついた。




それから二時間半――。


クロウと母親は交代で魔術を使い、互いに限界に近い体を奮い立たせながら船を進ませ続けた。指先は痺れ、魔力は枯渇しかけていたが、それでも止まれば死が待つだけだ。




荒波が容赦なく小舟を叩きつけ、水しぶきが顔を濡らす。遠くでは、幾つかの船が波に呑まれ、絶望の叫びが風に溶けて消えていった。助けようとする者はいない。誰もが生き残ることで精一杯だった。




「あと少し……きっと見えるはずだ……!」


クロウは唇を噛みしめ、最後の力を振り絞る。




そして――水平線の向こうに影が現れた。


最初は霞のようにぼんやりと。しかし次第にそれは輪郭を帯び、岩壁に覆われた小島、鬱蒼と茂る森、そして遠くに巨大な橋の姿が見え始めた。




「ガスバッグ島……!」


母親が涙声で叫んだ。




小舟はやがて静かな入江に滑り込み、波の音が穏やかに変わった。そこには軍艦の影も、警告の号令もない。ただ優しい波音が、疲れ果てた移民たちを迎え入れるかのように響いていた。




クロウは船底に倒れ込み、荒く息をつく。母親は娘を抱きしめ、声を上げて泣いた。




――ついに、生き延びたのだ。




ガスバッグ島。ソララへ足を踏み入れるための、最初の門がそこにあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ