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ひと月以上の漂流の末、ついに私たちの前に地平線が現れた。


薄明の空が黄金色に染まり、船首から船尾まで、歓声が走る。




「もうすぐソララだ!」


「自由だ! やっと……やっと着くんだ!」




疲れ果てていた移民たちの瞳が、一瞬にして希望に輝いた。泣き崩れる者、互いに抱き合う者、子どもを高く掲げる者。誰もが信じていた――あと少しで、人生が変わるのだと。




クロウの胸にも、その熱が広がった。ソララ――三大強国の一つ。豊かさと力を兼ね備えた国。そこに足を踏み入れれば、未来は必ず拓ける……そう思った。




だが――その瞬間、船長が命じた。




「船を止めろ。」




ぎしり、と船体が軋み、海原の只中で動きを止める。潮騒が重苦しく響き、人々の視線は一斉に甲板の上の老人へと集まった。手にした葉巻の火が、闇の中で赤く瞬く。




「よく聞け、小僧ども。」低く枯れた声が、夜風に溶けるように響く。


「ソララは……好き勝手に行ける場所ではない。」




ざわめきが広がった。




「ふざけるな! 俺たちは金を払ったんだぞ!」


「約束通り港まで連れて行け!」




怒声が飛び交う。しかし船長は涼しい顔で煙を吐き出し、冷たく笑った。




「お前らは、強国の海軍を甘く見すぎている。ソララの艦隊は、この船など一息で沈めるだろう。」




その言葉に、空気が凍りつく。




「だが……チャンスをやらんとは言っていない。」




ぱん、と手を叩くと、船倉から何十もの小舟が引きずり出され、海に下ろされた。




「三人一組。それぞれガスバッグ島へ向かえ。あそこは小島で、海軍の目も薄い。島からは大橋が本土へ繋がっている。商人や労働者が行き交う橋だ。そこに紛れ込めば……生き残れるかもしれん。」




甲板は騒然となった。泣き叫ぶ者、船長に掴みかかろうとする者。しかしその全てを、船長の弟――巨漢の禿頭の男がねじ伏せた。逆らった者は次々と殴り倒され、容赦なく海へ放り出される。暗い波間に消えていく悲鳴が、耳を裂くように響いた。




クロウは痩せた母親と幼い少女の親子と同じ舟に割り当てられた。少女は泣きじゃくり、母親の衣を掴んで離さない。




ぎい、と小舟が波に揺れ、繋ぎ縄が切り離される。船体から離れていく感覚に、胸が締めつけられた。




「真っ直ぐ行け……ガスバッグ島は目の前だ。」




最後に聞こえた船長の声を背に、クロウは櫂を握りしめた。




――目の前に待つのは自由か、それとも死か。

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