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041

夜その日、海は穏やかになり、帆柱を抜ける風の音だけが響いていた。


甲板の上、船長は手すりに寄りかかり、手にした葉巻はほとんど燃え尽きている。


老いた瞳が遠い地平線を見つめていた。




「聞けよ、坊主。」


しゃがれた声が、風に混じってゆっくりと響く。




「ガク……あいつは俺の知っている中で、一番のやんちゃな弟だった。」




皺だらけの日焼けした顔に、かすかな笑みが浮かぶ。




「子供の頃から、まったく人の言うことを聞かなかった。俺が左へ行けと言えば、右へ行く。木に登るなと言えば、一番高い枝に腰を下ろしていた。」




クロウは目を丸くした。


彼が知っている厳格で落ち着いた教師の姿とは、あまりにも違っていたからだ。




「少し大きくなった頃、俺は仲間を集めて海賊を始めた。弟には秘密にしていたつもりだったが……結局はバレちまった。俺は願ったんだ。せめてあいつだけは学校に残り、俺とは違う明るい道を歩んでほしいと。だが、あいつはこう言ったんだ。」




船長は苦笑し、どこか悔しげに続けた。




『学校の勉強なんて簡単すぎる、退屈すぎる。俺は世界を冒険したい。』




船長の瞳が星空を映し、若かりし日の炎を宿す。




「そして俺たちは共に旅立った。数え切れない戦いを経験した。俺が死にかけた時は、弟が身を挺して守ってくれた。逆もまた然りだ。だがな……あの仕事は地獄だ。金は稼げねえし、死は常に背後に潜んでいる。」




深いため息とともに、煙が夜に溶けていく。




「やがて俺たちは海賊をやめた。密航業に手を染めたんだ。汚い仕事だが、金は何倍も稼げた。その時はこれが道だと思ったよ。」




言葉が途切れ、船長の表情が柔らぐ。




「だが、ある日……あの弟は一人の女に出会った。金髪に碧眼、道端で野菜を売るただの娘だった。一目惚れってやつだな。それから、あいつは少しずつ変わっていった。血と暴力の世界から離れ、“正しい道”を選んだんだ。」




声が低く沈み、哀しみが滲む。




「必死に働き、日銭を稼いだ。そして娘が生まれた……だが同時に妻を失った。その衝撃は、あいつの心を打ち砕いた。部屋に閉じこもり、生きることすら投げ出しそうになった。」




船長の拳が握られ、骨がきしむ音がする。




「俺は何度も説得した。“お前にはまだ娘がいる。あの子の未来のために生きろ”とな。そして、あいつは立ち上がった。選んだのは教師という道だった。意外だろう? だが……娘のためなら、あいつは何でもできたんだ。」




静寂が降りる。波の音だけが、船を揺らしていた。




クロウは黙って頭を垂れた。


彼の胸の中で、ガクという人間の姿が大きく、そして重くなっていく。




かつては自由を求めて血にまみれた男。


しかし、ただ一人の娘のために教師となり、一生を捧げた父。




「先生……」クロウは小さく呟いた。




その瞬間、船長、ガク、そして自分自身を繋ぐ見えない糸が、確かに心に結ばれたのを感じた。



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