039
亡命船の朝は、陸の朝とはまるで違う。
炊き立ての米の匂いもなければ、子どもたちが庭を駆け回る声もない。
あるのは、鼻を突く潮の匂いと、容赦なく吹きつける風、そして明日をも知れぬ旅路を思い出させる波の音だけだ。
甲板では、人々が小さな集団に分かれて身を寄せ合っていた。
若い夫婦は破れた布を敷き、岩のように固いパンをちぎって子どもに与える。
幼子は泣きじゃくるが、差し出された小さな欠片を受け取ると、ぎこちなく笑みを浮かべた。
その笑顔は幼く、そして痛々しいほどに儚かった。
別の一角では、刺青の入った男たちが背を預け合い、擦り切れた煙草を回し吸っている。
彼らは冗談を言い合いながらも、その瞳には疲労と不安しか映っていなかった。
「ソララに着いたら、やり直せるさ。仕事も金も……きっと何とかなる。」
繰り返されるその言葉は、他人に向けられたものではなく、ただ自分を誤魔化すための呪文だった。
下層では、女たちが交代で水を汲み、汚れた服を洗い、狭い廊下に干していた。
湿気と汗と黴の臭いが入り混じり、息苦しいほど空気を重くしていた。
中には、持ってきた装飾品や古いスカーフを安値で売り、配下の者から乾パンを買う者もいた。
子どもたちは――大人ほどの絶望を知らない。
折れた木片を拾って剣に見立て、戦いごっこをして遊んでいた。
その笑い声は甲板に響き渡ったが、聞く大人の目には涙が浮かんでいた。
そんな中、クロウだけは静かに周囲を見つめていた。
彼は隅に腰を下ろし、膝を抱えて、ただ灰色がかった空を仰いでいた。
誰もが家族を持ち、仲間を持ち、寄り添える誰かがいる。
だが、クロウには何もなかった。ただ、自分自身の影だけ。
夜になっても、クロウは眠れなかった。
波の音、風の音、そして難民たちの疲れ切ったため息が絶え間なく響く。
孤独はもはや感情ではなく、彼の心臓を噛み砕く獣のように思えた。
それでも――暗闇の奥底で、彼の心に微かな光が残っていた。
海を渡り、命を賭けてここまで来たのだから。
必ず、ソララの地で「家」と呼べる場所を見つけてみせる。




